救世主か悪魔か!?地獄に現れた力の男!

プロフィールを開いて早々、世紀末救世主伝説でお馴染みの人気アニメでも始まりそうだが…僕は北斗○拳の伝承者ではないので安心してほしい。

改めて…
The Power Blog -Another World- へようこそ!
この Blogは僕、Rikiya The Powerが運営している。

「理想実現〜人生に、挑戦という名の革命を〜」
というテーマのもとThe Power Projectを発足したのだが、このBlogはProjectの土俵であり、その活動記録の役割も担っている。
Projectリーダーである僕は、「勝利を呼ぶ挑戦者」として日々活動している。

このProjectは、僕が自ら挑戦し、人々に勇気と力を届けんとする挑戦系エンターテインメント!

しかし、エンターテインメントといえどもフィクションではない。
僕の人生をかけた、リアル人生革命なのだ!

目指すは「もっと自由な世界」だ。
この辺のことは各記事で掘り下げているけども、まずは下記から一読いただくと分かりやすいかもしれない。

2021年2月23日の天皇誕生日、Project第1弾として、「プログラミンングで独立チャレンジ」を開始。同年末までに独立するというゴールに向け、日々前身している。

しかし、プログラミングと一口に言っても広い。
僕の場合、「まずはWeb制作から」ということでデイトラWeb制作コースというオンライン教材を中心に勉強している。

デイトラでは大変素晴らしいカリキュラムが組まれ、初学者から無理なく技術を身につけ、案件獲得、独立のための考え方や後押しもしっかりしている。
それでいて業界最安値クラスの価格!
お支払いは買い切りだ。
ぜひ、興味のある方は一度覗いてみよう!

↓デイトラはこちら↓

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…思わずデイトラの宣伝になってしまったが、僕は決してデイトラのまわし者ではないぞ笑

余談だが、Web制作が一区切りついたら、Webデザインや動画編集なども身につけるつもりだ。
また新たな挑戦に向かうときは、「The Power Project第2弾」として発表させていただくので、第二弾もぜひお楽しみに!

さて、日々の発信はTwitterでも行っているので、ぜひTwitterもフォローして応援していただけると嬉しい。
※PCからご覧いただいてるあたは右側のサイドバー、スマホでご覧いただいているあなたは下記リンクから!
https://twitter.com/Rikiya_study

時に20世紀末…川崎の町中に産み落とされた謎の男。奴の右手に光るライトは、カルマに操られ、毎晩己の気持ちを綴るまで、休まることを知らなかった…

またまた古いネタを!笑
と気づいてしまった紳士淑女の皆様は、もしや70年台かそれ以前のご生誕か笑
そう、僕はデーモン閣下のボーカルでお馴染み、聖飢魔Ⅱの信者(ファン)でもある。
聖飢魔Ⅱをよくご存知の方は、この冒頭にも気づいてしまったに違いない!笑

聖飢魔IIといえば『蝋人形の館』が有名で、デーモン閣下の「お前も蝋人形にしてやろうか?」という有名なセリフをご存知かもしれない。
しかし、エンタメの悪魔ごっこだと思ったら大間違いだぜ?
ここは僕のプロフィールなので詳述は省くけども(笑)、デーモン閣下および聖飢魔IIは偉大なアーティストだ。
心の底から尊敬している。

※ネタ元のセリフはこちら

時に19世紀末
ロンドンの街中を震撼させた謎の男
奴の右手に光るナイフは、悪魔に操られ
毎晩女の生き血を啜るまで
休まることを知らなかった…

せっかくなので、以下に『JACK THE RIPPER』のライブ映像(ICBM)を投下しておこう。

動画をご覧になってカッコ良いと思ってくれたあなたは、ぜひApple MusicやSpotifyなどで『THE END OF THE CENTURY』というアルバムに入っている原曲を聴いてみよう!
下記画像のアルバムに収録されているのだが、その他の曲も秀逸なものばかりだ!

THE END OF THE CENTURY(アルバム名)

「ネタは分かったけど、右手に光るライトって何だよ」と。
それは…僕がThe Power Blogを作った理由に通ずる、3つのライトだ。
己のRightを追求し、どんな状況でも前を向いて進み続けるために右手に握ったペンで書き続けるWriteを、迷える誰かの足元を照らすLightに変えられると信じて立ち上げたもの…
それが、このThe Power Blogなのだ!
(…もしや、口をポカーンと開けているな?)


ちなみに曲中での閣下は”まちじゅう”と語るが、このプロフィール文における読み方は”まちなか”だ笑
ネタに釣られてうっかり”まちじゅう”と読んでしまったあなた…
僕をセルジュニアか何かだと思っていらっしゃるのか笑。

それにしても我ながら中々うまく表ge…(うっ…!ゼウスの妨害が…!!)

でもこれ、ただのネタでもないのね。
僕は本当に、日々色んなことを書き殴ってきた。
日々の行動と結果、取り組みの進捗、印象的な出来事、気づいたことや感想などを専用ノートに記録する。
真面目なことも、ふざけた内容も、とりあえずメモはとっておく。

アイディアのメモ、優先事項の確認、その他気になっていることの調査まとめ、自分の考えや感情の言語化…
例えどんなに忙しくても、毎晩必ず時間をとって、とにかく書きながら整理する。
現状を見つめ、どこに進もうとしていて、そのために何が必要なのか…
心を落ち着けて、冷静に見極めるために。

真のライトを追求するために握るべきは、人を切り刻むためのナイフではなく、
未来を切り開くためのペンなのだ。

常にアンテナを張り、本を読み、ネットの海に潜り、可能なら人に会いに行く。
瞑想をし、筋トレをし、マインドセットを整える。
アイディアが思い浮かんだら、可能なものはすぐに実行し、記録を繰り返す。
1つの試みが上手くいこうと、そうでなかろうと、それは次の取り組みへの材料となる。

こうした習慣、考え方のおかげで、いかなる状況でも前に進んでこれた。
よく言われることだが、なんでも行動が最重要。
知ることは大事だが、理解し、実践してこそ経験となり、知恵となるはずだ。

「意識たけぇ〜笑 ところで、さっきから北斗の拳とか聖飢魔Ⅱとか、Rikiyaってその辺の世代なの?」
お答えしよう!

僕は1994年5月17日産まれだ。
(V6のイノッチこと 井ノ原快彦さん、フジテレビアナウンサーの生野陽子さんと同じ誕生日だ。)

まあ、冗談はこれくらいにして!
産まれた病院は川崎市内にある鷺沼病院(母親曰く、鷺沼産婦人科だったかな)。
で、すぐに東京都大田区中央に引っ越しており、本籍はこちらにあるらしい。
2歳前後から10数年を神奈川県川崎市と横浜市で過ごし、その後中学2年生になって再び東京都大田区に引っ越している。
小中学生の間に、2度の転校を経験した。

「どこ出身?」みたいな無難なネタでたびたび「うーん…」と難色を示す僕だったが、
25歳にして「(神奈川県)横浜出身ですが、東京都大田区育ちでもあります」などと言うようになった。
ややこしいな!

Rikiya The Powerという名前の由来

この名前は本名に由来するのだが、ここでエピソードを1つ。

僕はかつて、「さて、今夜私がいただくのは…」というCMでお馴染みの配達アプリを提供する、U◯er Japanでお世話になっていた。
※内部で仕事をしていたことがある!

いわゆるea○sの業務にあたる傍ら、タクシー配車アプリに関するプロジェクトメンバーにも選ばれていた僕は、一時本社で仕事をしていた。
そこにいたのが、屈強な肉体を持つNBA選手みたいなアメリカ人、Sさん。

出会った日の夜、今でも尊敬している女性リーダーのご好意で、食事会に呼んでいただいた。
その席でSさんに「そう言えば、Rikiyaってどういう意味?漢字でどう書くの?」と聞かれた。

R:「力也( ちからなり)って書くんですけど、意味は「力だ!」と断定するような…力そのものってイメージです。英語だと、The Powerですね!」
Sさん:「はっはっは!Cool!! カッコ良いな!Rikiya The Power!」
その場が爆笑に包まれる。
※Sさんは、こちらがビビるくらい日本語が上手い!

それから会うたびに、「Rikiya The Power!」と呼んでくれる様になった。

その後U○erを離れて1年以上が経ち、このBlogを立ち上げる。
コンセプトやブログのタイトルなどを考えつつ、「どんな名前で発信するか…」と考えていたとき、このニックネームを思いだす。

そう、あなたの目の前にいるのは力也でありながら力也ではない…Rikiya The Powerであるというわけで、それは力也がRikiya The Powerとして覚醒した姿…とでも言っておこう笑
つまり、目指す自分の理想像に、ニックネームを重ねたんだな。

…という訳で、ひたすら「力」なネーミングだ笑。
Sさん、改めてありがとう!



力の象徴、ライオン

The Power Blog 誕生と、こぼれ話

このBlogを立ち上げたのは、2020年7月21日。

2020年秋頃は訳あって一時中断していたが、同年末にさしかかる頃「2021年、挑戦の年」という趣旨のもと復活した。
詳細は下記、『復活のR!』という記事で語っているので、ぜひ一読いただきたい!

『復活のR!〜長いトンネルを抜けた先で〜』

ここで、時系列的なブログ誕生秘話を記しておこうと思う。

誕生2週間前、7月7日、七夕の夜。
前日に受け取っていたコ◯ナの給付金と、自身のなけなしのお金をはたいて、川崎のヨドバシで最新のMacBook Airを手に入れた。
ず〜っと前から「PCとスマホさえあれば、好きな時に好きなだけ仕事ができる環境を構築したい」と考えていた。
2020年11月末までの約2年間、これまた訳あって、家賃も発生してないのに毎月約15万円の固定費が発生するという環境下で、ここぞとばかりに手に入れたのだ。

プログラミングやBlogにはずっと興味があって、完全独学でHTML,CSSの勉強をしていたこともあった。
しかし前年(2019年)、貿易会社に転職する前、資金ショート寸前に陥ってしまった。
そこで、当時お気に入りだったSurface Pro 4とBOSEのワイヤレスイヤホンを半泣きで売り飛ばしたのだった。

だからいつか、同スペック以上のものを手に入れてやると誓っていた。
思い切った決断だったが、七夕の夜に新しい相棒を手に入れたときは、「ついに始められるぞ!!」と心の底からワクワクした。

ちなみに、流行りに乗ってなんとなくMacBookにしたわけではない。
今後クリエイターに近い作業が増える前提で、各社PCの性能や特性を入念に調査して決めたのだ。
調査前は「また最新のSurfaceでも買うか〜」くらいに考えていたくらいだ。

My MacBook Air


しかし、それまでWebサイトの構築なんてやったことがなかった。
このBlogはWordPressでできているのだが、細かい課題にぶつかって、立ち上げるまでに思いの外時間がかかった。
レンタルサーバーの契約、独自ドメインの取得、コンセプトを考えたり…と、実際にやってみたら案外細かかったんだな笑。
Word Pressの仕組み、各種設定や用語、ブログ運用について1人で調べながら進め、教科書的な関連本は2週間で4冊は読んだ。

時間がかかった結果、個人的に嬉しいこともあった
The Power Blogの誕生記念日は、僕が心から感謝し、尊敬している女性コンサルタントAさんと同じ誕生日でもあるのだ。

Aさんとの出会いは、僕が資格予備校で受付事務をしていた頃に遡る。
Aさんはいつも強かった。
どう考えても辛いだろ…という状況でも、皆の前ではいつも笑顔だった。
最後まで負けなかった。

受付事務時代の序盤、僕がより一層「もっと一人一人と真剣に向き合ってみよう」と決意するきっかけをくれた人でもある。
笑顔だけで人を癒し、元気を与える、不思議な力の持ち主だ。
僕はAさんから沢山の勇気と優しさをもらった。
だから本当に感謝しているし、尊敬している。

現在は僕が書いた記事をAさんに共有し、フィードバックや感想を送っていただく形でお世話になっている。

「同じ誕生日じゃん!」って具合に嬉しかったので、ここに記した。
(偶然だと思ってるんだろ!? 偶然だ。だがある時、偶然は必然でもあったりする by デーモン閣下,ICBMのMCにて)

さて、冒頭でこのBlogは僕の挑戦の土俵だと記した。
活動記録、思考、学びをアウトプットする場でもある。
時々コラムや、教養、ビジネススキル、心理学に基づいたノウハウなどを発信することもある。

The power Projectに関する主な僕の動き、日常や運営に関する内容は、「The Power Story」というカテゴリーにまとめて発信する。
その時々の状況、考えを赤裸々に公開していていくので、ここを訪れたあなたにもぜひ応援してほしい。

好きなものシリーズ!

ここで、整理がてら簡単にプロフィールを紹介しよう!(やっとかよ…)

  • 1994年5月17日生まれ、牡牛座、戌年
  • 職業:①挑戦者/The Power Project代表 (カッコ良い風、意味不明!?)
       ②コロナウイルスの補助金に関するカスタマーセンターのSV
        ※2021年内、期間限定で引き受けた。
  • 好きなこと:挑戦,読書,勉強,音楽鑑賞,お笑い,散歩,人との会話,本屋巡りなど
  • その他趣味など:試すこと,ウインドウショッピング,洋画やドラマ、アニメの鑑賞,スポーツ全般(見るのも参加するのも好き),人間観察…
    多すぎて書き切れない!

ここからは、僕の好みやいろんな好きなものを適当に書き殴っていくので、お時間ある方だけ目を通していただければOKだ!

-好きな歌手、アーティスト

ザックリすぎる説明、印象と共にご紹介!

  • GACKTさん(YouTube等で歌声を聴いて驚かないように!笑。決して「格付けの人」ではなく、アーティストとして活躍してきた方だ。オリコンヒットチャートの男性ソロ部門、歴代1位の記録は未だ破られていない!
    僕が一番影響を受けた人物で、10歳の頃から大ファンだ。)
  • 聖飢魔II(先ほど登場したな笑。両親の影響で知ったのに、今や僕の方が詳しくなってしまった。『WINNER!』や『GO AHEAD!』、『Brand New Song』はいわゆる悪魔感が抑えられており、馴染みのない人でも聴きやすいのではないだろうか。お察しの通り、僕はデーモン閣下にも影響を受けており、聖飢魔IIの曲には何度も勇気をもらっている。)
  • X JAPAN(「知らない」という人の方が珍しいかも?。でも、「知ってる曲は?」って聞かれたら意外と答えられない人が多いのでは?特に有名な『紅』や『FOREVER LOVE』も良いけど、『DAHLIA』や『Silent Jealousy』、『Say anything』が大好きだ。)
  • BABY METAL(日本よりアメリカで有名かも。元々は日本で活動していたアイドル!
    アイドルの延長でパフォーマンスしてるようなつまらんバンドではなく、超実力派である。)
  • 浜崎あゆみさん(従兄弟の影響で小学生の頃によく聴いていた。『SEASONS』や『DEAREST』、『CAROLS』など、その他いまだに聴く曲多数。)
  • 安室奈美恵さん(現役の実力のまま惜しまれながら引退したという印象。一時期、やたら鬼リピしてたな笑)
  • 柴咲コウさん(RUIって名前でも活動してたね。有名な『月のしずく』はRUIでリリースしてたね。少し古めの曲だけど、『影』とか素晴らしいよ!)
  • 宇多田ヒカルさん(代表曲である『Travering』や『First Love』も好きだが、エヴァンゲリオンの主題歌になった『Beautiful world』も好き。)
  • 米米CLUB(『浪漫飛行』には何度か救われたな。だけど、名曲は他にもあるから…。)
  • KinKi Kids(カラオケで『愛のかたまり』ばかり聞かされている人多数とのことだ。確かに名曲だが…ぜひ他の曲も歌ってほしいものだ。)
  • SMAP(僕は『スーパースター★』という曲が1番好き!ちなみに幼少から木村拓哉さんの大ファンだ。)
  • V6(ウルトラマンティガが大好きだった僕は、『TAKE ME HIGHER』が一番好き。ウルトラマンティガに変身していたのは、長野博さんだったんだ!)
  • 影山ヒロノブさん(ドラゴンボールやハリケンジャーで思い出深い。『WE GOTTA POWER 』が一番好き。)
  • TWO-MIX(ほら、ウイングガンダムの…。『LAST IMPRESSION』を歌ってたんだ。
    僕は『RHYTHM EMOTION』も好きだな。 ボーカルの女性は、名探偵コナンの声優さんだ!)
  • m.o.v.e(頭文字Dファンなら絶対に分かる!『DOGFIGHT』とか『Rage your dream』とか、今でも聴いてる曲多数!)
  • 中森明菜さん(「好きな(女性)アイドルは?」って聞かれたら必ずこの人だと答える。母親の影響だ笑)
  • ZIGGY(『DON’T STOP BELIEVING』や『WITHOUT』も好きだが、『I’M GETTIN’ BLUE』が一番好きだ。両親の影響で聴くようになった。)
  • 氷室恭介さん(『KISS ME』はもちろん、『ANGEL』や『JEALOUSYを眠らせて』もよく聴く。BOOWYも好きで、『DREAMIN’』,『B・BLUE』,『LONGER THAN FOREVER』もよく聴く。)
  • T.M.Revolution(声量お化けと呼ばれ、突然ムッキムキの屈強な肉体になった西川さん。『UTAGE』や『Albireo-アルビレオ-』,『crosswise』も好きだが、その他ガンダムの主題歌も好きだ。)
  • TRF(『寒い夜だから』は僕のBirth year songでもあり、とても好きな曲だ。
    他にも『Silver and Gold dance』とか『Survival dance』とか、名曲多数!)

書き切れない…。
他にも、「この曲は好き」っていう人はまだまだいるんだけど、いよいよキリがなくなるからさ…。

-好きなアニメ、マンガ

  • 北斗の拳(全男(は言い過ぎかもしれないが多くの青少年)の夢とロマンが詰まったアニメと言って良いだろう。何回見ても飽きず、漫画もアニメも何回見たか覚えてない!「好きなキャラクターは?」って聞かれると悩みすぎて1日が終わるのでやめていただきたい笑ケンシロウ、レイ、ジュウザ、シュウ、サウザー、シャチ)
  • 頭文字D(見たことない人が大体言うセリフ「あんま車興味な〜い」…って、ただ車走らせて競争するだけのアニメだと思った大間違いよ!?そんなもんが大人気になるわけないだろう。ちなみに、僕もたまたまアニマックスで観るまで、まっっったく興味なかった!笑。しかし、見たが最後。熱きヒューマンドラマの沼にハマ姉妹にはるだけでなく、車の仕組みなどに少しだけ詳しくなれる。)
  • スラムダンク(いまだに大人気!ギャグ漫画並みに笑えて、めちゃくちゃ泣けるスポーツ漫画アニメの王道かな。1度は見て損はないと思う。)
  • ドラゴンボールシリーズ(多くの男性がワクワクするアニメ!こんなにワクワクするアニメってスゲーよな…。)
  • ぼのぼの(声優さんが変わる前の方が好きだった。特にしまりす…。変わってもアニメは好きで観てるけど!)
  • ONE PIECE(ドラゴンボールと同じく、幼少からお世話になったアニメ。夢とロマンがある!好きなキャラクターいっぱいいる問題。強いていうなら、主要キャラではロロノア・ゾロと赤髪のシャンクス、チョッパーだな!
    たしぎ(海軍の人)とバギー船長も好き。)
  • NARUTO(始まった当時は小学生だったか。漫画も友達に借りて読んでたな〜。)
  • 明日のナージャ(福井県と宮崎県では放送されなかったらしい笑。妹と一緒に毎週欠かさず見てた…が!最終話だけ見逃してしまい、いまだにふと思い出しては気になる。)
  • セーラームーン(小学校に上がる前くらいかな。早朝から妹と見ていた記憶があって。ストーリー展開はあまり覚えてないのだが…。幼少〜中学くらいまでに見ていたアニメとか音楽って懐かしくてときめくよね。『ムーンライト伝説』っていう青い箱のクッキーみたいなタイトルの主題歌があるんだけど、いまだに好きだね。)
  • キングダム(最初は興味なかった。各所でオススメされるので、試しに見たアニメ。実際に見てみたら…面白すぎわろたwwってくらい面白くて何度でも見たくなる!独立して収入を得られるようになったら、漫画も全部買うつもりでいる。)
  • 今日から俺は!!(漫画は5回くらい読み、アニメも2回くらい見た(ドラマはキャストに興味がわかず、見ようと思わなかった)。やはり金髪の三橋もトンガリ伊藤もマンガが一番かな。)
  • 金色のガッシュ!!(漫画もアニメも、何回泣いたか覚えてない。アニメ主題歌の『カサブタ』はいまだに好き。)
  • 遊☆戯☆王デュエルモンスターズ(アニメのタイトル。いわゆる初代遊戯王。この作品が一番好き。マンガは序盤しか読んでない…。海馬 瀬人の声(緑川さん)がカッコ良い!)

他にもあるけど…これも時間あったら追記する!笑

-好きな映画(海外)

洋画について語り出すと大変なことになるので、めちゃくちゃ雑にコメントする笑
ちなみに、日本語吹き替え版は一切観ない。
(小さい頃テレビや映画館で観たハリーポッターは日本語だけどね笑)
基本的には音声は英語(オリジナル)、日本語字幕付きで観る。洋画でよほど気に入ったものは英語字幕でも観てみることにしている。

  • バットマン(ダークナイトシリーズの三部作。クリスチャン・ベール演じるブルース・ウェイン兼バットマンがカッコ良すぎる!!アメコミヒーローで一番好きなのは、バットマンだ。)
  • スパイダーマン(1〜3まで全部素晴らしい!アメージングスパイダーマンとかも観た。全部面白いんだけども、僕の中のピーター・パーカーはトビー・マグワイアだ。)
  • ミッションインポッシブル(全部面白い笑)
  • ワイルドスピード(これまた全部面白い!実は昔、日本語吹き替えで見てハマった映画の1つ。「別れの言葉は無しか?」)
  • マトリックス(何度でも観たい!傑作!)
  • パイレーツオブカリビアン(興味ないという人はいても、「知らない」、「嫌い」って人は珍しい!?)
  • イミテーション・ゲーム(舞台は第二次世界大戦。ドイツのエニグマを破ったイギリスのチューリングマシン(と、それを開発したアラン・チューリング)の話。号泣した。)
  • ジャッキー・チェンシリーズ(洋画ではないが…せめて『プロジェクトA』は観て!。)
  • 新少林寺(これまた洋画ではないが…。格闘技と戦争を絡めた映画といえば単純だが、超絶カッコ良い&泣ける良作だ。)
  • ハリーポッターシリーズ(何回でも観れる!「ウィンガーディアム レヴィオーサよ!あなたのはレヴィオサ〜」)
  • 007シリーズ(ジェームス・ボンドのカッコ良さは異常。)
  • ショーシャンクの空に(モーガン・フリーマンが好きで観た。超良かった。以上。)
  • ユージュアルサスペクツ(カイザー・ホセ。分かる人にはこれで分かる…笑)
  • インセプション(ダークナイトもそうだけど、クリストファー・ノーラン監督ってスゲーよな(小並感)。)
  • シンドラーのリスト(第二次世界大戦!実話!)
  • マイ・インターン(この時のアン・ハサウェイがとても好きね。ロバート・デニーロはいくつになっても渋い!)
  • ゴースト ニューヨークの幻
  • ロードオブザリング
  • 幸せの力
  • マスク

ダメだ…またも書ききれない…。

-好きなドラマ

国内外問わず、ドラマにも名作だらけだよね(おっと、これまた嫌な予感…笑)。
まずは国内から!

  • リッチマン、プアウーマン(日本のドラマでトップ3に入るくらい好き。ドラマの影響でmiwaさんの『ヒカリエ』は好き。)
  • プライスレス(木村拓哉さん、中井貴一さん、香里奈さん、藤木直人さん…豪華俳優陣!素晴らしく面白かった。)
  • プライド(またも木村拓哉さん。アイスホッケーを題材にしたドラマ。)
  • 古畑任三郎(祖母の影響で幼少から好き。)
  • ガリレオ(福山雅治さん演じるキャラクターで一番好き。映画も全部観た。芸能界や作品の事情などはさておき、続編も相棒は内海薫(柴咲コウさん)が良かったな…。)
  • 教場(風間教官!全部録画してあって、少し時間があったら何度も見返してるくらい好き。)
  • チーム・バチスタ(シリーズ全部好き!中村トオルさん演じる厚労省の白鳥が痛快に面白くてカッコ良い‼︎)
  • 半沢直樹(そりゃ売れるわ!みたいな作品だよね。もちろん全部見た。)
  • 白夜行(当時小学4年生だったかな。内容は暗いんだけど、すごく好きで観てた。山田孝之さん、綾瀬はるかさんダブル主演。柴崎コウさんが歌う『影』っていう主題歌が秀逸。)

一旦ここまで!

続いて海外編!

  • SUITS(こんなん面白すぎやろ…。主人公のハーヴィー・スペクター(ガブリエル・マクト)がカッコ良い。)
  • 梨泰院クラス(世界中で大ヒットしただけありますな…。僕もメチャクチャ好き!3回は観てるが、観るたびに勉強にもなる。オ・スアのかわいさは反則級だし、パク・セロイかっこ良すぎ!っていうか、セロイサイドの人物って、1人1人のエピソードがいちいちカッコ良い。ずるいよ!笑)
  • スタートアップ:夢の扉(梨泰院クラスにハマった人はこっちもハマること間違いなし!主人公ソ・ダルミの魅力も反則級!)

これまでの来歴

最後に、僕のこれまでの略歴を紹介したい。
全てを書き記すことなんて到底できないけど、それでもここはかな〜り長くなってしまった笑。
あまり興味ない人、時間がない人のために「・〜」を1,2行読めば、大体内容が分かるようにしてある。
少し興味があるところだけでも、サラっと読んでくれて構わない。
(長い片想いだった初恋の話なんかも、馬鹿みたいに赤裸々に語ってるぜ…)

来歴、経歴
産まれて10数年を神奈川県川崎市、横浜市で過ごし、現在の東京羽田へ。
小中学校で二度の転校を経験。

ゲームとスポーツに熱中する小中学生時代。
初めて任天堂64を買ってもらい、ゼルダの伝説に出会ったのが5歳の時。ムジュラの仮面だ。
その後もスマブラ、マリオシリーズ、どう森、ポケモン…
PS2を手にし、鬼武者、バイオハザード、ドラクエ、FF…とにかく素晴らしいゲームの世界に魅了されていた。

いじめを克服すべく、小学生の頃に空手を始める
東京に来るまではどこに行っても虐められていた。
頭も悪く、周りは金持ちが多く、素直すぎた。
当時の友人曰く、行動や言動など、少々変わっていたらしい。
ある日、いじめっ子のボスとその取り巻き2人に絡まれ、リンチされかける。
しかし、その頃にはほぼ毎日自分より年上のメチャクチャ強い人たちを相手にしていたわけで…
負けるわけがなかった笑
殴ったりはせず、せいぜい足払いで転ばせるくらいで華麗に対処し、ことなきをえた。それから、いじめの類は一切なくなったとさ。
めでたしめでたし。

中学でソフトテニスデビュー!強豪ソフトテニス部での、地獄の特訓
横浜市内にいた頃、そのまま中学に上がった。
ソフトテニス部は全学年の男女合わせて100人近くいるマンモスクラブだった。
練習も人間関係も中々にキツかったが、コーチ陣は一人一人を良く見てくれていた。
何より、ソフトテニスに夢中になっていた。
生来の負けず嫌いもあって食らい付いていった。

マジで恋する5秒前!? 部活中、美女の顔にボールをぶつける…
Y・Nさん(以下、Yさん)という小中学校の同級生がいる。
小学3年生で横浜市に転校した僕。
小学生当時もYさんの名前は知っていたが、中学に入るまで接点はそれほどなかったのだ(バスケのクラブや鼓笛隊など、同じ空間にはいた模様だが…)。
中学入学後、たまたま同じクラス、同じ部活になった。
華奢で色白、黒髪ロング、エレクトーンを習い、学業優秀、控えめな奥ゆかしさ…。
正直、一目惚れに近い。
席が近くなることも多く、時々話をしていた。
「え?それなのに、時々??」
待て待て!当時の僕は、好きな人に積極的に話しかけるどころか、目を合わせるのも緊張してしまうほど超絶怒涛のシャイボーイだったんだ笑
挨拶だけでもドキドキもんだったぜ…。
会話なんてしようものなら照れて顔が赤くなるようなポンコツだったのさ…。
そんな純情少年リッキーを、悪夢が襲う…。
事件は最初の初夏、休日の部活中
自由時間、たまたま友人らとふざけて追っかけっこをしていた。
走り回って追っかけ、ボレーの動作で足にボールを当てては逃げる。
ボール当て鬼の様なイメージだ。
僕の打ったボールがたまたまラケットのフレームに当たってしまい、ボールは明後日の方向に飛んでいく。
強烈な回転がかかり、円盤の様に伸びたボールが向かった先には、よりによってYさん…。
僕の世界は、一瞬スローモーション。
「あっ!」と思った次の瞬間、バチーン!と鋭い音が響く。
あろうことか、ダイレクトに顔に当たってしまったのだ。
倉庫裏に走っていくYさんを追いかける。__

追いついて様子を見ると…泣いていた。
その場で「Yさんごめん!大丈夫?」と謝る僕。
顔を覆い、泣きながら「大丈夫です」の一言。
ガァアアアアン……。
集まってくる部員たち。
コーチにも伝わり、怒られる。
幸いYさんにケガはなかったものの、僕はしばらく、毎晩夢に出てくるほど落ち込んだ。
どうしてもちゃんと謝りたかった僕は、機会を伺っていた。
しかし、Yさんは常に誰かといたので、中々隙がない…。
しかし!都合よく数日後に迎えた、Yさんの誕生日!!

平日だった。
最初で最後の、僕が朝練をサボった日でもある。
朝から1時間半かけて、教室の黒板一面に絵を描き、お祝いメッセージを書いて、一言謝罪も記した。
続々と登校してくる他のクラスメイト。
朝練に参加していたYさんが教室に来るまでには、ほとんど全員登校していた。
部活を終え、自分の机にカバンを置くYさん。
僕はすかさず「あ…Yさん、この前のことは…本当にごめん」
何かを言おうとしたYさんだったが、クラスメイトに促され、黒板に気づく。
一瞬驚いたあと、顔を真っ赤にして走って行き、急いで消してしまった。
その姿に、純情少年Rickyのハートはズキューン!!と射抜かれ、ますます心惹かれてしまう…。

当然、噂は学年中に広まった。
その後の「お前、Yのこと好きなんだろ?笑」などというイジリに対しては、堂々と認めていた。

(コラム〜Yさんとのその後〜
中学2年の夏休み、僕は急遽、東京に引っ越すことになった。
最後の夜は、地元の盆踊り。話したのは一瞬だが、浴衣姿のYさんを今でも覚えてる。
事前に用意していたプレゼントと手紙を手渡し、別れを告げ、当時の親友H・I君と2人で坂の下の田んぼエリアへ。
コンビニに寄るというH君より一足先に向かった。
いろんなことを思い出す。
転校してきてからの生活、Hくんとの思い出、Yさんとの出会い…なぜか突然涙が溢れてきて、1人で号泣してしまう。
そこへH君が到着する。
僕が自転車のハンドルに突っ伏して泣いていることに気づいたH君は、声をかけずにスッと脇を通り抜け、泣き止むまで待ってくれていた。
少し落ち着いたところを見計らい、僕の肩を抱き、「そんな泣くなよ、Rikiya!」と優しく慰めてくれた(良い男や…。中2でこれよ。そりゃモテるわけだ笑)。
会えなくなるYさん、H君、やめなければいけない部活…
転校は2度目だったが、まさかこんなにも転校が辛くなるなんて想像もしていなかった。
その夜、父親の運転するトラックに揺られて東京へ。

Yさんとはその後も、時々手紙や年賀状は交換していた(メールアドレスも知ってたけどな笑)。
いつだったかメールでやりとりをしていたとき、Yさんに彼氏ができていたことを本人から聞き、しばらくご飯が喉を通らなくなってしまった笑
相変わらず純情少年というか、単純でアホだな!笑
時は経ち、高校2年生の時。
高校の同級生の友人が通っているという、私立高校の文化祭に連れられて行った。
そこで、Yさんと偶然の再会を果たす。
どういう訳か、そこには横浜の同級生が多く進学していた。
Yさんは別の某エリート進学校に進んでいたが、上記の理由から「もしかしたら…」という淡い期待をしてはいた。
しかし、まさか本当に会えるとは…。
一瞬だけだったけど、直接会えたのはうれしかったな!

また、あるイベントで原宿に来るというYさんと、一度だけ会う約束をしたことがあった。
とても嬉しかった。待ち遠しかった。
しかし当日、大型の台風が関東を襲った。
会えなかったのだ…。
Yさんとはそれっきり、会うことはなかった。
現在はYさんの連絡先も、どこで何をしているのかも分からない。
元気だと良いな。
Yさん、元気にしてますか?)

部活で培った根性
ソフトテニスでの実績はさておき笑、僕は横浜にいた当時、誰よりも素振りと走り込みをした。
「外周」と呼ばれる500メートル程ある下り坂と登り坂の校舎周りを10周(多い時は15周)するトレーニングも、誰より速く走った。
ゴールするまでに、他の部員のほとんどを3回は抜かすほどのスタミナバカになっていた。
そしてついたあだ名は、「外周ガンバRikiya」だ(中々イケてるな笑)。
引っ越し先でもソフトテニスを続けた。
顧問はいたが、指導してくれるコーチがおらず、驚くほど部員の少ない弱小チーム。
だから、3年生になって外からの指導者が来てくれる様になるまで、僕が練習メニューを考案し、リードしていた。
後輩たちにとっては超ムカつく先輩だったろう。
突然やって来て、偉そうに映っていたことだろう。
事実、今の比ではないくらい熱血で尖ってたしな笑
本当に、よく最後まで付き合ってくれたと感謝している。

先輩たちと遊び呆ける中で、Tさんとの運命的出会い
中学3年生の頃から、一つ学年が上の先輩方に可愛がっていただいていた。
部活引退後も秋が深まるまで空手と遊びが中心だった。
きっかけは、当時のクラスメイトSのお兄さんが1学年上におり、彼らのドッキリでS宅に呼び出されたこと。
噂によると半端ではない不良集団で、メチャクチャ恐い。
噂だけなら転校生の僕にも届いていたくらいだ。
流石にビビってた。しかし、1人で来いと言われた手前、逃げずにS宅へ。
Sの案内で、恐る恐る、彼らが集まる部屋の前へ。
高笑いが聞こえ、さらにビビるRicky…。
ガチャっ「お邪魔します!」
シーン…。そこには金髪の、見たこともない怖い目つきのゴッツイSのお兄さんと、噂の番長、および怖そうな先輩方…。
Sのお兄さん、開口一番「オメェがRikiyaか…ま、座れや…」
心の中で「死んだ」と思いながら、「はい」と言って正座する。
「おお、本当に1人で来たか。根性あるじゃねぇか…」
「いえ、さすがに逃げるわけにはいかないと思いまして…」
その瞬間…爆笑が起こる…。
キョトンとする僕に、「嘘だよ!笑ごめんな笑!」
さっきまでの迫力が嘘みたいな優しい表情…。

結論、先輩方は実際には優しく、面白い人ばかりだった。
何より、スポーツ馬鹿だった僕には何もかもが刺激的だった。
しかしその翌日、異色のオーラを放つ人物と出会うことになる!
その日もSのお兄さん宅にいた。
Sのお兄さん:「今日は久々にTって奴呼んでるから、せっかくなら話しておけば?」
下のリビングに行くと、椅子に座る黒髪で細身の、一見怖そうには見えない男性が。
しかし、Sのお兄さんの「おいT〜!T〜!」みたいな呼びかけに
「あぁ!?聞こえてるよ!」みたいな、僕には考えられない返答をする。
お兄さん、「おぉ!わりい!」とだけ…。
「本当にヤバい人って、こういう人だよな…」と背筋が寒くなる。

彼こそ、「風のタ〇〇」ならぬTさん(後の投資家T氏)だ。
洋画を愛し、仮想通貨や都市伝説、世界情勢などに詳しいだけでなく、情報と情報を結びつけてより大きな文脈で大局を見る。まるで将棋でもしているかの様に、様々なシミュレーションと仮説を立てる。
冷静で意志が強く、頭がキレる。
人情に熱く、絶対に仲間を見捨てたりしない。
純日本人だが、韓流スターの様なイケメンだ。
上記のようなキレものとして僕の前に現れるのは、僕がU○erで働いていたときのこと。

初めて会った日、「本当に初めてか?」と思うほどかなり波長が合う方だった。
その数日後、川沿いにある階段で再び会うことになり、さらに仲を深めることとなった。僕らはそこを「始まりの場所」と呼んでいる。
そんなT氏には今でもすごくお世話になっている。

勉強から逃げ続けた中学時代。成績は学年で下から一桁だった。
歴史については「僕は過去にはこだわりません」などとほざいていた。
国語についても「日本語は話せます!」などと高を括る…。
本当に大馬鹿だった。
各教科にその様な屁理屈をかましており、勉強から逃げていた。
学校の勉強に対する自学自習という習慣がなく、早い段階で着いていけなくなったのが根本原因である。
今も勉強の成績だけで人を判断することはまずないが、当時の僕は勉強から得られる重要な要素を著しく欠いていたのは確かだ。

底辺級都立高校に進学し、皮肉にも、勉強に目覚める
自業自得だが、自分なりの受験勉強が報われなかった結果でもあり、最初は受け入れられなかった。
しかし、入学前の春休みの課題で勉強に目覚めてしまう。
人生最大の変化…いや、事件だった。
舞台はどうあれ、ベネッセ主催の最初の校内模試で学年1位となってしまった。
調子づいた僕は「どうせやるなら、とことんやってやるよ。」と、大学受験を決めた。
元がアホなもんで、大学事情なんてさっぱり分からなかったので、まずは大学を見に行くことにした。
高1の夏、同級生を連れ出して青山学院大学のオープンキャンパスへ。
法学部の模擬講義が面白く、最初はここへ進学しようと思った。
休み明けの面談、担任に「ここ(高校)をどこだかわかってるのかい?」と半笑いで反対を食らう
しかしその年の秋ごろ、バイト先にいた同い年の慶應ボーイY君の勧めで、慶應義塾大学を目指すことに。
ジャニーズのスカウトを彷彿とさせる、冗談混じりの「You、慶應来ちゃいなよ」は今でも覚えている笑。

担任に伝えるも、開いた口が塞がらないという表情。
この頃には担任も、言っても聞かない僕を半分諦めていたんだろう。
「ま、やれるだけやってみなさい」という姿勢に変わっていた。
高1の冬、僕は大学のパンフレットを取り寄せた。
リビングの机に並ぶ、東大、京大、一橋大のパンフレット。
母親は、「気が変になったのか」と一瞬心配したらしい。

硬式テニス部の部長を務め、二つのアルバイトを掛け持ちしながら予備校に通う日々
高校生活では、今でも付き合いのある良い友人達にも恵まれた。
初っ端から学年のヒエラルキートップの怖ーい女性陣と対立したり、近隣に点在する低偏差値高校の不良達や、駅周辺で遭遇する少々イ○れたおっさんに絡まれてはタ○殴りの刑に処したりと、度々揉めたものだ。
部活は人数も少なく、強豪とは言えなかったが、生物の先生でもある顧問のI先生は厳しくも優しい、大変良き指導者であり、僕の受験も応援してくれた先生だった。
それぞれ別の同級生の紹介で始めたセブンイレヴンと、マクドナルドでのアルバイト。
日曜日は午前中にマクドナルド、夕方からセブンイレブン、間は部活か勉強がデフォルトだった。
約1年程は予備校に通っていた。
・高2に上がる前の春休み、春季講習から四谷学院の四谷校に入った。
予備校の担任の勧めもあって、第一志望は一橋大学商学部になっていた。
体育教師に「お前、何浪するつもりだ?」と嘲笑されたことは、表情まで覚えている。
講義がない日は全部アルバイトか部活、そして勉強。
四谷学院は予算的に少々厳しく、高3にあがる時には早稲田アカデミーに移ることになってしまったが、結局受験が本格化する夏前のタイミングで、経済苦により辞めることになってしまった。
その後、高3現役時の受験勉強はほぼ独学で行った。
高校3年生 2月、戦友T君の病死。そして決意
高校で唯一、現役時代に国公立大学への一般受験を志した仲間がいた。
首都大学東京を目指していた同級生、T君だ。
一年生の時は同じクラスで、新潟への宿泊体験(ほぼ、ただの旅行)でも同じ班だった。
受験期は、勉強のためにT君のお宅に何度かお邪魔したこともある。
そんなT君が、ある日、血液系の病気で入院してしまった。
本人から「もうすぐ退院できるかも」なんて連絡が来た矢先、病状が悪化して無菌室へ。
皮肉なことに、本来なら国公立大二次試験の初日の夜、彼は亡くなった。
お通夜には顔を出したが、悔しすぎて感情を言葉にできなかった。
会場でヘラヘラしてる同級生に掴みかかりそうになるのを必死に抑えた。
その後、ご家族は引っ越したと聞いた。
現在どこにいらっしゃるのかさえ分からない。
しかし僕は、今でもT君のことを思い出す。
絶対に僕が自分の人生を諦められない理由の一つだ。
彼の分も、絶対に成功すると誓ったのだ。
しかし、タイミングが悪く、かなり経済苦であった。
現役時も浪人1年目も、センター試験しか受験できなかった。
合計3年の浪人生活。アルバイトをしながら受験勉強。
担任の先生や親と話し合い、浪人して受験勉強することを決めていた。
1年目は地元の予備校に通っていた。
準夜勤という枠で週4日、2店舗を抱えるオーナーの元でコンビニ店員をしながらの受験勉強。
この年、母が倒れて入院した。幸い1ヶ月以内に退院したが、この年も受験はできず。
浪人2年目 初めて経験した受験本番
2年目からは、アルバイトはしていたが予備校には通わず、独学だった。
皮肉なことは続く。完全独学になってからの方が、爆発的に学力が伸びたのだ。
自分で計画を練り、自分のペースで進められ、自学自習の継続が当たり前になっていたからかもしれない。
実はこの秋、僕は自殺しようとした。
自身の苦しみに加え、やたらと周囲の煌びやかな話題が耳に入る様になっていた。
いわゆるエリート大学に進んだ友人や知人たちが、司法試験の予備試験を突破したり、公認会計士の短答式試験を突破したり、留学に行き始めたりしていた。
充実した学生生活、恋愛話、挑戦…。
一方、僕と同じ高校出身の同級生も、半数近くは聞いたこともない様な大学や専門学校に指定校推薦で進学していた。
バイトと遊びで時間を消耗する中、僕に高校レベルの課題が分からないから教えてくれと頼んできた者までいる。
手伝う僕も僕だが、なんせ「何も進めずに消耗している自分」が悔しくて仕方なかった。
次のステップへ進もうとする知人が増える中、やりたいことが沢山あるのに、いつまでも足踏みをさせられている気分になった。
とてつもない悔しさと虚しさに襲われ、ある夜、羽田空港へと足を運ぶ。
展望台のフェンスから飛び降りようとしたのだった。
早稲田大学(社会科学部)、慶應義塾大学(経済学部 A方式)に合格
一橋を目指していたおかげで、英語と数学が活きた。
出身高校や状況を考慮すれば、健闘したと言えるだろう。
この2年目、第一志望であった一橋大学の二次試験も受験していた。
某Zが主催する一橋大の模試で全国2桁順位を叩き出していたこともあり、それなりに自信はあった。
しかし、一番重要かつ得意の英語と数学で頭が真っ白に…あえなく撃沈。
その夜、風呂に浸かっている最中に悩んだ数学の問題への回答プロセスを閃いて、再び涙を流すのだった。

この年は、2歳年下の妹も私大に合格した。
僕が一橋に合格できなかった手前、兄妹で同時に進学は不可能。
その年の進学は、妹に譲った。
「これで最後」と臨んだ三年目。心が限界を迎えた挙句、入学辞退。
途中で病んでしまった。
死のうとした2年目とはまた違う感覚だった。
もはや何も手につかない日もあった。
一橋どころか他の国立大への出願さえせず、再び早慶合格で終わる。
「けじめとして、最後に私大だけでも」と受験したのだ。
そのことを知った父親の会社の社長が、入学金などのお金を工面してくれようとしたらしい。
だがそれは、父親が更に負担を背負うことを意味していた。
保証人案件、妹の進学など、既に負担を背負って仕事を二つもしていた父。
当時そのまま進学しても、バイト漬けになることは目に見えていた。
それでは当時やりたかった、ほとんどの取り組みができない。
父親にも、これ以上負担をかけたくない。
「そうまでして行きたいわけではない」と、僕は入学を辞退した。
ほぼ無心、虚無感。1週間ほとんど布団から出られず、目を覚ますと自然と涙が出てきた。
その年の2月末、資格予備校で週5日、フルタイムの勤務開始。公認会計士への挑戦
先ほど出てきた慶應ボーイY君の勧めで、彼が通う資格予備校で働きながら公認会計士試験へ挑戦することとなった。
小さい頃からの夢は弁護士だったが、大学に進んでいたとしても公認会計士に挑戦するつもりだった。
司法試験には、会計士として公認をもらった後で挑戦するつもりだったのだ。
公認会計士への挑戦は、週5日勤務で高額な受講料が無料になるという福利厚生を利用してのスタートだった。
結果は、模試で上位をキープするも、迎えた短答式試験(1次試験)に二度も1%足らずで不合格。
その夏、体調面やその他諸々に問題を抱えており、契約を更新をせずに退社した。
僕にとって大きな2年半だった。
天職とも思えた仕事に、幕を下ろした。
キッティング工場での派遣バイト。
急な退社になったというタイミングも問題だが、プライベートで抱えていた問題へのプレッシャー、安い時給。
極貧でとても苦しかった。資格予備校で出会った親友M(後のプロデューサーM)が自宅を空けており、そこでのプチ一人暮らし。
この期間の後半1ヶ月ほどは、2日に一回、小さなカップ麺を1個食べる生活に。
本気で危機を感じた。
当時、大学受験生だった知人へのアドバイスや、Mのプロジェクトのお手伝いなど、仕事が終わればMらと遅くまで話し合いが続いた。
とにかく辛かったが、Mのおかげで楽しい一時もあった。
僕に最後まで協力し、希望を持たせてくれたMへの感謝は尽きない。
昨今人気の、配達アプリで有名な某外資系IT企業へ転職
Mの紹介で、内部で働く友人Aさんを紹介してもらった。
Aさん含む多くの方に面接対策などを手伝ってもらい、無事合格。
配達部門とタクシー部門を兼任した。
配達部門では拠点での直接対応や備品の管理、データ管理をする一方、タクシー部門では全国に出張プレゼン。
トレーナーの一員として運転手のトレーニングをしたり、聴衆が100人以上集まる会場でプレゼンした。
マニュアル作成にも携わった。
最後には、配達部門で全国トップクラスの成績も残した。
日系最大手の貿易会社、営業部での貿易事務
数ヶ月の間、友人の個人ビジネスの手伝い等をした後で転職。
上記の経歴やTOEICの成績などを評価していただき、即採用してもらえた。
初めて自分一人で動いて勝ち取った職場だった。
給与も、今までで最高額をもらっていた。
しかしある日、東京三田の街を歩く無表情のサラリーマン達を見ていて、アンドロイドの様に見えてしまった。
一緒に働くスタッフ達とのやりとりも、取引先とのやりとりも、どこか無味乾燥に感じてしまっていた。

業務上、僕が失敗してなくとも謝ることが多かった。
少しずつ心が曇っていく。
ここにいるのが僕である理由がわからなくなり、1年も経たぬ内に心が折れてしまった。
仕事を教えてくださっていた上司や先輩方は本当に良い人たちばかりだったんだけど…。
万が一関係者の方がこれを見ていたら、お伝えしたい。
その節は本当に申し訳ございませんでした。
そして、ありがとうございました。

建設業の外資系企業で工事に関する見積もり作成など
コロナ禍での転職活動は想像以上に大変だった。
5社は「採用したいが、スタートがかなり遅くなる」と伝えられ、他6社程は面接さえ先延ばしになった。
この会社は早くからオンライン面接を採用しており、丁度空いたスポットを探していたらしい。
転職活動開始から1ヶ月強、ようやくこの仕事に決まったのだった。

ストレス爆発!損害賠償請求事件!
この辺のところは、先にあげた『復活のR!〜長いトンネルを抜けた先で』で1つの記事として残している。
ぜひ2021年末に向けての僕の戦いを、その目で確かめてほしい。
https://realizationofideal.com/revival-of-r/

・工場勤務!「上げ下げの方」という異名を授かる…
工事見積りの派遣を辞めたあと、某大手アパレル企業の工場で日雇い派遣をしていた。
通い始めて2ヶ月ほど経った頃、コロナによる外部派遣のオーダーストップで突如職を失う笑
しかし、勤務態度などを評価され、グ◯コ◯ミンなどで有名な会社の工場でお世話になることに。
The Power Project第一弾は、ここで始まった。
工場でのオモシロ奮闘記もいくつか執筆しているので、ぜひ読んでみてほしい!
・2021年5月、再び無職!
5月はフル無職であった…なんと、そのまま27歳の誕生日を迎えてしまう笑
しかし!
・同年6月より新型コロナの補助金に関するカスタマーサポートのSVとしての勤務。
とんでもない準備不足と情報不足により、初っ端からチーム皆が悲鳴をあげているような状況で始まった。

期間限定、年内に決着がつく仕事だ。
これが、僕が雇われる形で働く最後の仕事となるかもしれない。
お国や都政に関わる仕事は初めてだが、裏側の事情を垣間見るという目的もある。
これまでの経験、反省をフルに活かし、独立前の宿題を終わらせる目的もある。
プログラミングもやっと再開し、色々と慌ただしくなる中での新しい仕事なので、ますます余裕はなくなるだろう。
それでも、もてる力の全てをぶつけ、最大限貢献し、学びを得ようと思う。

あれ?ここを読んでいるってことは…

もしかして、最後まで読んでくれたのかい!?
うおおおありがとう!!
もはや愛すら感じるよね。

そんなあなたのためにも、これから全力で記事を発信していく!
応援、よろしく。

では、また会おう!

〜To be continued〜


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