Done is better than perfect

どうも、Rikiya The Powerです。

前記事の更新後、日曜日の夜に発熱。
月曜日もまだ微熱があったので派遣元に相談すると、1日だけ様子見でお休みすることに。
(体調はそんなに悪くなかったし、火曜日には復帰したんだけども…。)

これからって時に、、ぬぉおお!!、、いや待てよ?」
平日に休みなんて、むしろチャンス!!平日の昼間に一番時間がとりにくいカード会社等と朝のうちに話をつけた。
(大概の人が働いてて連絡つかない時間帯にしか営業してないって、シンプルに効率悪くね??
皆が連絡がつく時間帯は混みまくってつながらないし笑)

その後、午前中をフルに使って、国内外を問わずプログラマーおよびプログラマー出身の起業家について超調べたのね(この時間がずっとほしかった!)。
そしたら…
ラリー・ペイジ氏(Alphabet元CEO)やジェフ・ベゾス氏(Amazon元CEO)みたいに、いかにも理系で「それ大学で専攻してました」って人ばかりでもないことが分かった。

もちろん、ここまで世界的有名人だけを調べたわけじゃないぞ笑
確証バイアスに陥って自己満にならない様に、多角的に見たつもりだ。
(もし、「The理系!情報系学科卒ばかりです!」って結論だったら、今後の大学受験においてわざわざ理転(文系志望が理系に転向)することも視野に入れていた。)
結果、僕の仮説、計画はブレず。むしろ強固なものとなった。
要は「僕みたいな馬鹿はこのまま走った方が良い」と思えたんだな。
それだけでも、とても有意義な時間となった。

例えばマーク・ザッカーバーグ氏(Meta←元Facebook のCEO)みたいに「専攻は心理学(なおハーバード笑)だけど中退してて、プログラミングには幼少から触れてました」みたいな人もいらっしゃるけど、皆が皆そういうわけでもなかった。
むしろ大学では文系で、学生生活の中でたまたまコンピューターやプログラミングに触れていたり、バイトやビジネスが掘り下げるきっかけになったという人の方が多かった。
同時に、地頭はさることながら、基礎学力も優秀である方が多かった。
(言わずもがな、直接的な必要の有無はさておき、どんな分野に進むにせよ基礎学力を磨いておくに越したことはない。)

さて、今回のタイトルは先述のマーク・ザッカーバーグ氏による言葉。
完璧にやるより、まず終わらせろ」とはよく言ったものだ。
かつて、言葉は知っていたけど、あまり意味を理解できていなかった。
それがようやく、感覚に落とし込むことができてきている。
成功者が「とにかく動け」っていうのも、これに通ずるんだな…。
僕もそうなんだったんだけど、何かをする前に「アーでもないコーでもない」と考えちゃって、結局動き出すのが遅くなることってあるよね。
あるいは、「疲れてるから」「十分な時間がないから」やらない(で、「モヤモヤと先の伸ばし後悔」無限ループ地獄笑)。今回はそんな無限先延ばし地獄について思うことを展開することから始めようと思う。

1日たりとも欠かさない努力に、尋常じゃない意思力などいらない。

先延ばし無限地獄を抜け出すヒントは、集中とやる気の仕組みだと思う。

人間の脳にある側坐核ってやつが重要な働きをしているのだが、より科学的な刺激とかドーパミンの話等は他に譲ろう…。行動面に焦点を当てる。
結論から言えば、「やる気が出たらやる」のではなく、「やっている内にやる気が出てきて、集中できる」というのが現実だ。
「やる気を出す(あるいは出る)まで待つ」のは大変非効率、、というかそんなことを考えること自体が無駄らしい(非常に残念ながら…)。
有無を言わさず「とにかく始めてしまう」ことが、最速の解決策というのだから、超シンプルではないか笑。
それに、いざ取り組んでるときは「我慢して」とか「嫌々耐えている」訳ではないのだから面白い。
いつの間にか集中していて、やる気が持続する状態が続く。

だから、何か自分にとって重要な取り組みや、努力を要する目標があるとき、「あ〜カッタリな〜」と逃げ腰になる自分を信用してはいけない。
その悪魔の囁きに耳をふさぎ、「あ〜カッ…」くらいのタイミングで、無心で始める!
始めたら勝手に集中してしまうのだから!
(やったぞ!我々の勝利だ!)
こんな些細な戦いに勝ち続けていれば、3日目くらいからは「当たり前の様に」取り組む様になってるのだな。
次に待ってるのは「いかにさっさと始めるか」という戦い。
これは時と場合によってコントロールできない場合もあるけど、「ここから暇タイム」というタイミングで、ダラダラしてしまいそうな自分の尻を叩き、行動に移す。
(ご褒美は達成できたときのためにとっておこう!)

完璧なタイミング、完璧な方法についてウダウダ考えている間にも時間が過ぎ、気づけば1日が終わってしまう。完璧なんてない。始めてさえしまえば、どんなに小さくとも今より前進できる
僕は、帰ってご飯を食べ、風呂に入ったら「とにかくすぐに手をつける」ことにしただけだ。
しばらくやってみて、「これまでどれだけダラダラと時間を浪費していたか」を思い知らされた。
休憩だの効率だのを追い求めるのは、取り組みの道中で見つければ良いということだな(どんな理由でも、やらなきゃ0なのだから)。

驚くぜ…?
気づけば、今週の1日たりとも欠かさず続けていた!
というか、フリーだった時みたいに「いつでも時間あって、やりたいことやれてる」って時はそれほど問題ないわけだよ。そもそものモチベーションが高い時もね。
ただ、僕も久しぶりに「平日働きマン」に戻って、仕事に慣れる前の疲れもあって、様々な誘惑に襲われるようになる。「このまま寝てしまおうか。」と迷う夜もあったけど、問題なく継続できている。
重要な取り組みから逃げる口実に、「あれもこれもしないと」と言って、実際にはどうでも良いことで誤魔化してしまう。
試験勉強をしないといけないときほど部屋の片付けをしてしまう様なものさ(普段はやらないくせにな笑)。
そういう瑣末なことが積み重なり、結局ダラダラして就寝時間を迎え、後悔するループ。

日常レベルで言えば、些細なLINEの返信やTwitterのチェックだろうか。
それって、「重要な取り組み」が終わってからで十分のはずだよね。
日々の努力にも慣れてくれば、片手間で済ませることもできる。
最初は「とにかく始める」ことを意識し、ひと段落ついたところで雑務を片付ける様にしよう。
(いつしかBlogで共有した「5カウントルール」に通ずるものがあるな。)

デイトラの進捗

5/8の夜に少しだけ触れてから、今日まで毎日触れてきた。
『Results』という項目に苦戦していた。
行き詰まり、フリーで勉強しているときも中々進めることができずにいた。
しかし12日(木)、ついにResultsを終わらせて『Price』に突入!

忘れていたコマンド、感覚を取り戻しながらだったけど、粘り勝ちだ。
「継続は力也」ってところだな笑

今週の前進はもう1つあってだな。
ついに、「職場でMacBookを開く」に成功した!笑
月曜日までは休憩場所すらわからず、わざわざ歩いて15分の駅近のスタバまで行ってお金を払い、15分くらい座って、コーヒーを半分ほど残して立ち去る羽目になっていた。
「皆どうしてるんだろう?」と気になっていたものの、休憩時間は皆バラバラ。
邪魔もできないので、しばらくは上記を繰り返していた。

なので、少しずつ打ち解けてきたところで…
「あの、皆さんって休憩時間どこで過ごしてらっしゃるんですか、、?」
すると、驚いた。
「食事をしなくても」食堂を使えるらしい!
歩いて2分ほど、違う事業部の方々のエリアを通り過ぎると、その食堂が見えてくる。
しかし12時台はとても混んでいて、席が空いていないこともしばしば。
そこで、他の場所をたづねてみると…
「食堂前の丸いテーブルも使える」ではないか!

少々広めのスペースで快適だけども、机はエレベーターの前…
メッチャクチャ目立つ!!!
しかも飲食禁止(昼食とらないから良いけど笑)。
しかし、そんなことでビビるRikiya The Powerじゃないぜ?
「空いてるぜラッキー!!」と席をとり、涼シィ〜顔をしてMacBookを開く。
手元には、真っ赤なGRYFINDORノートを添えて…。
するとな……
メッッチャ見られる!!!

時々、知らない人たちから明からさまに「コイツ何しとんだ…?」みたいな顔でジロジロ見られる。
視線に気づいてしまったとき、そこでひるまないRickyは、「逆に何スカ…?」みたいな空気を出しチラ見し返すというシュールな展開に笑
向こう側からは画面が見えないので、余計気になるだろうな笑
30分ほどPCを触り、ノートに記録(朝の記録をできていなければ、ここで済ます)。
そのまま涼しい顔して、自分の部屋に戻っていくのであった。

で、帰宅したら2,3時間くらいは再びプログラミングタイム。
休憩中の続きだ。
(ちなみに通勤電車では大抵本を読んでいる。メリハリが効いて、勉強になって、気分もリフレッシュだ!)

今週は大体この様な流れだった。
まずは「来週も完遂」できるようにリズムを安定させよう。
小さな積み重ねが、1年後の自分を左右することだろう。
日々、楽しく前進していこうと思う。

5年勤めた会社を、涙ながらに退社する女性の話

14日(金)、1人の女性が転職のために退社となった。
理由はおよそ「家庭のこともあって、よりハイキャリアに転職するとのことだった。

ここで、よく僕のことを気にかけてくれる、後ろの席のプラムお姉様の登場だ。
退社する女性はプラムお姉様と非常に仲が良かったらしい。
どおりで開口一番、「今日であの人、退社しちゃうの…」と元気なさげに教えてくださったわけだ。
いつも以上に黙々と仕事をしていた。

夕方前になって、退社する女性が挨拶にいらした。
気さくでとても良い人だったが、だからこそ僕まで残念な気持ちに。
自席に戻って行ったのも束の間、エリアにいた皆様が彼女のもとに向かい、集まってサプライズのプレゼントを渡す。情勢は驚くと共に、涙ぐみながら退社にあたっての言葉を話しはじめる。
周囲には、つられてもらい泣きをしている方々が多数。

僕は思った。
「なんて仲が良い職場だ…。」
5年以上いらっしゃる方が多く、年代も退社する女性くらいの方が多い印象。
彼女の人柄もあって周囲に愛されていたのかもしれないが、なんとも温かい職場だな。
「同じ釜の飯を…」に通ずる世界なのだろうか。
新人の僕ですら、表面だけの送別ではないと分かる感動的な雰囲気。

新人の僕にとって、サンクチュアリでの勤務はまだ先が長い。
今後、ここで色んな物語が生まれ、沢山学んで、僕も成長していくと思う。
ただ、このエピソードで1つ誓ったことがある。
いつか僕がこの場所を去るとき、「ここで働いて本当に良かった!」と思えるように1日1日を大切にしよう。
(プラムお姉様とその同僚さんは、今後も連絡をとりあうだろうけど…落ち込んだまま尾を引かないことを願おう。)
ま、僕は少しでも周りをサポートをできるように、1日でも早く仕事に慣れることを目指そう。

いつになったら幸せになれる?〜終わりに〜

人が何かに頑張るとき、なんのために頑張ってるんだろうか。

痩せて美しい体を手に入れることで、自信をつけるため?
勉強に励んで難しい資格に合格することで、新たなキャリアを手に入れるため?
意中の相手の気を引き、振り向かせるため?
貧乏でお金がないから、一所懸命働いて、何とか生きていくため?

あなたはかつて、「今頑張っていることを達成できたら幸せになれる」と思って頑張ったことはあるかい?
それを達成できているとして、あなたはどう思った?今まさに、幸せだろうか。
「まだ達成してない」という人は、その目標を達成したら「絶対に幸せになれる」と断言できるだろうか。
もちろん、比較的な幸福感とか、物質的豊かさによる心の安定感とか、そういうことを否定する趣旨の話ではない。一見バカげたこの質問について、少し考えてみてほしい。

今、僕はThe Power Projectなんて言いながら全力で取り組んでいる。
あなたから見た僕がどの様に映っているかは分からないが(もちろんどう思ってくれても良いんだけど)、「幸せになるために」頑張ってるなんて思ったら見当違いさ笑
僕は、既に幸せなんだ!

僕は、やりたいと思っていることに挑戦できている。
職があって、社会とつながりを持ち、給与が振り込まれる。
プライベートでも素晴らしい仲間に恵まれている。
食べたい時に食べ、飲みたい時に飲むことができる。
自室で音楽を聴きながらBlogを書いたり、気が向いたら外を散歩することだってできる。
健康な体があって、疲れても、寝て起きれば「よく寝た」と感じることができる。
これらを、幸せと言わずに他にどんな幸せがあるんだろうか?

もちろん、読者のあなたもご存知の様に、目の前にはそれなりに問題もある。
それはそうとして、その問題のどれも、僕の命までとりはしない。
と言うより、かつての僕は「特定のやり方」にこだわったせいで、すごく苦しんだ。
頭では理解しているつもりでも、「他のやり方」に目をむけられず、無理矢理にでも辻褄を合わせようとして疲弊した。でもどうだろう、いざ半強制的に違うやり方(他の道)に来てみたら、思っていた以上に良い方向に動き出したじゃないか。
『1年越しの再起計画』でも言ったけど、「道のりが変わるだけ」だ。それは変わらない。
だけど、「これを達成したら幸せになる(=今は幸せじゃない)」と思いながら進んでいたら、おそらく僕は今、積極的に動けていないと思う。
悔しさとか、頭の中の呪いに苛まれて、気が狂いそうになってると思う。

「楽しいことがない」「自分は不幸だ」と毎日言ってる人たちは、もっと真剣に現実を見た方が良い。
本当に不幸で、その状況がまずいと認識しているなら、なぜ動こうとしない?
なぜ、その問題自体に対処しようとしない?
その状況に甘んじている理由を、明確に述べられるのか。
とか言うと、「お前に何が分かるんだ」「仕方ないじゃないか」って言うんだよな。
良くて「それっぽい理由」を述べてくださることはある。
たしかに、辛いとは感じているんだろうし、僕だったとしても、やっぱりムカつく内容だったりするだろうよ。
でも、重要なのはそこじゃない。
大義名分じみた言い訳が「それっぽい理由」であったとしても、「あなたが絶対に不幸でなきゃならない理由」であった試しはない。要するに、「できればどうにかしたいが、どうすれば良いか分からない」
「不幸だ」「何もない」と決めつけて、「つまらない自分」を慰めてるパターンが多すぎると感じるんだな。
(全部がそうとは言わないけども。)

いやいや、僕は「叩こう」なんて1ミリも思ってない。
本人がそう思うなら、そうなんだろう。
人には人の事情ってもんがあるのも確かだが、それでも「本当は見えてない幸せがあるんじゃない?」と問いかけたい。
僕だって僕なりの絶望、僕にとっての挫折を経験したし、死のうとまでした。
今だって日々、ムカつくことくらいはある。

つまり日常レベルでの、自分にとっての幸せに気づくことが大事なんだな。
こうやって毎日前進し、日々の人生がより素晴らしいものになっていくことに喜びを感じる。
「これ、もっと面白くできるな」とか「こういうやり方の方がもっと良い」と思うことを試すために動いていると言って良い。
音楽を聴きながらBlogを書いたり、コーディングしたり、ただ世の中について考えている時間だって素晴らしい時間だ。
日々の些細な息抜きにも幸せを感じる(本を読む、出来事をネタに変換する、帰ってきてご飯を食べる、風呂に入る、布団に入る…。)

僕のProjectは、誰に強制されたわけでも、やらなきゃ死ぬわけでもない。
僕がやりたくてやってることのはずだな。
それを、何かと理由をつけて「毎日しんどい」だの「やめたい苦しい」とか言ってたら本末転倒じゃないか笑
そんなことなら今すぐやめちまった方がマシだろうな。
世間同じ様に、何も考えずに働くことが苦しみだった僕だ。
だけど僕は、あえてそれを、自らやっている。
ま、今やそれなりに幸せを見出すことはできたけど、より大きな幸せのイメージがあって、それを形にしたいだけだ!幸せであることが前提にあるという、重要ポイントから始まっているんだな。
もっと多くの人がそうであれば、努力が思ったより報われず、精神のどん底に沈む…なんて悲劇もだいぶ減るんじゃないかな。

「ないものねだり」なんてしてる暇があったら、「不幸だ」と嘆いてる暇があるなら、「今、できること」で気分が良くなることを、幸せな気分になることを「意識して」やってみたら良いんだ。
(暇つぶしにゲームする、気晴らしに映画を観る、何でも良いけど、それを「いつでもできる」なんてメチャクチャ恵まれてるんだからな!気づいてないだけなんだからな!)

とまあここまでゴチャゴチャ書いてきたが、こういう幸せを実感できるかどうかは、結局「気づけるかどうか」だけで、元の知識量も出身も全く関係ないと思わないかな。
極論だが、誰だって「今ここから、幸せになる」ことができるはずだ。
と言っておいてなんだが、より高次な、知識や経験を伴う幸福というものも確かに存在するらしい。
世の中問題だらけで、「悟れば幸せ、足るを知れ」で完結できるほど、現代は単純じゃないと思う。
それは僕のProjectにも通ずるところが大きいので、次回以降で述べようと思う。

さて、サンクチュアリでの勤務開始から間も無く、公私共に面白いことが起こっていると思う。
楽しいことであったり、多少はイラッとすることもあったりするが、そのどれもが今後の自分の人生をより輝かしいものへと変えるチャンスで、変化への兆しだと思う。
「もっと、こうだったらな」と思うなら、少しでもそこに近づくために、できることは何かを考えてみることだ。
1度そのアイディアを実際にやってみる。
多分、今よりは幸せな気分になれる。
(僕の持論はさておき、人生のコントロール感が幸福度を高めることは、様々な研究の世界で明らかになっている。それは、僕の実感としても間違いないと思う。キーワードは「自分で選んでいるという実感」さ。)

その後続ける中で、「上手くいかないかも」と思った時、続けるか他の方法を探すか、選ぶのは自分だ。
もし「そのやり方を諦める」としても、「人生ごと諦める」ことと錯覚してはいけないんだ。
道のりが変わるだけ。あなたの人生が、終わったんじゃない。
だって生きてるじゃないか!新しい可能性に目覚めるチャンスが来たんじゃないか(やったぜ!)。

と、ここから後1万文字書いても良いんだけど笑
さすがに読むのも辛くなってくる頃だろう。
とにかく、こういう綺麗事を本気で実践する先で、僕がどんどん幸せになっていく過程を届けられたら、このチャレンジは大成功と言えるだろう。
どうか温かい目で見守ってほしいぜ!

という訳で今回も最後まで読んでくれてありがとう!
ではまた会おう!


〜To be continued〜

H O M E

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