欠けていたピース

どうも、Rikiya The Powerです。

更新まで2ヶ月以上空けてしまった笑
しかし、やっと更新することができて嬉しい!
あまりに想定外なことの連続で思考が追いつかず、更新しようにもまとまらなかった笑

今回更新できたのは、時間にゆとりが生まれたのはもちろん、僕の中の大きな問題を克服できたからだ。一番大きいのは、無自覚だった完璧主義を捨て、完成主義を腹に据えたこと(後述)。挑戦者と謳う僕自身、巷で言われる完璧主義とは違うと思っていた。
だけど、実は「自信のなさから来る完璧主義」の兆候が見えることがあった。
ここぞというところでモノにできなかったり、ズルズル時間が経過していたり…その要因が、あまり好調でない時の僕の行動パターンとして、悪い完璧主義に当てはまっていたんだね。
「まだ準備ができてない」と言っていつまでも実行に移せず、ズルズル引っ張って消滅…とかが典型例だな。過去記事でも発信したけど、「ただ悩んでて動けなくなる」とか、挑戦者としては目も当てられない時期もあったよね笑。

まあ最近はそこまで酷い状態ではないんだけど、ちょっと迷走してる時期もあったなってことで、反省している次第だ。外部要因としても様々なことがあって、いよいよ「このままじゃマズイ」と思えた。
中でも3月下旬、このBlogに時々登場していたコンサルAさんが、突然の結婚報告!衝撃のあまり、北○神拳で秘孔を突かれたかと思ったぜ!
Aさんが結婚してしまったショックで気絶…
じゃなくて(笑)、「それだけの時が流れてしまったのか」という得体の知れない悲しみと、己への怒りみたいなものが湧いてきた。「どれだけの時間を無駄にしてしまったんだろう」とかね。
同時に、周囲の人たちがどんどん先に行く気がした。
その他、僕のくだらないこだわりやプライドをぶっ壊すのに十分すぎるくらい沢山のニュースが飛び込んできたんだよね。

知らぬ間に、良くも悪くも色んなことが、ゆっくり変わり続けていたんだね。
自分が3年間、浪人生として燻ってたときの悔しさを思い出して、何だか笑えてきたんだ。
(もうやめて!とっくにRikiyaのライフポイントは0よ!)

色んなことが重なって、僕の中の何かが弾けた。
それからすごく冷静になれて、力も湧いてきた。
「OK、もう十分だ。行こう!」
そして今、安定したペースで走れている。

というわけで今回は、自身の反省を交えながら、近況を掘り下げてこう。

Contents

良い点は、時として裏目にでる

更新がなかった2ヶ月強の間、撃沈して無気力…ではなくて、試行錯誤している時間が多かったんだよね。
とにかく色んなことを同時に考えながら手を動かしていたので、処理能力を越えてたし、シンプルに効率が悪かった(ま、分かっててあえてやってみたんだけどね。)
ましてや、ピアニスト豊田さんからいただいたご提案についてはじっくり取り組みたかったから、それら「色んなこと」は、豊田さんのプロジェクトとは別の時間で行っていたんだな。

その後全体的に落ち着いてくると、「今度はじっくり腰を据えて…」と思うわな。
で、例えば英語力を伸ばしたいと思ったとき、「到達したいレベルに達するために必要なことは何か」なんてことを、メチャクチャ調べる。
それなりに英語は磨いてきたし、仕事で使った経験もある。
しかし、いまひとつ一定の領域から出ていない感覚があった。
そこで、YouTubeのお役立ち動画なども参考にしながら、マインドセットから改めて見直してみたのである。

結果として良かったこととしては、「これ以上はないのでは?」と思える精巧な地図を手に入れたこと。
勉強も継続できていて、今のところ向上していると感じる。

「なら良いじゃん」って?
こういうやり方を英語以外のあらゆることで並行しようとしてたから、あらゆることの進みが遅くなったのさ笑

問題はこれだけではなかった。
悪い意味での完璧主義に加えて、「なんでも最大化しようとするマキシマイザー」の要素もあったらしい。
選択肢を吟味しすぎて時間を無駄にしたり、ほとんど答え出てるのに「もっと良い選択肢はないのか?」「何か見落としてないか?」とか考え出す始末。
効率や効果の最大化を追い求めていたはずが、やることの多さも相待って、「うーーーん」と考え続ける。その考えている間に、どんどん時間を浪費していましたよと(危うく「本末転倒選手権」の日本代表に選ばれるところだったな!笑)。

事実、デイトラをはじめ、当初の目標に近づくための時間がとれなくなっていたではないか。
とっくの昔に終わらせているはずだったことでさえ、終わってないことがいくつもある。
余計なことばかりに時間をとられ、肝心なことをいつまでも先延ばしにしてきたから、今このありさまなんだ。
ましてや過去に自分で発信してきた、良い部分さえ忘れていたのだから目も当てられん笑。

そうは言っても仕方なかった場面はあるし、遠回りして気づいた良いことも沢山ある。
HSP気質の僕だからこそ、物事のおかしな点に気付きやすかったり、パターンを見出せたり、関連付けが早かったりするのではないかと思う。
1つ1つの気づき、知識や経験という材料が集まってこそ、もっと良いやり方が見えてきたりもする。
おかげで洞察力も益々磨かれてきた。
何もかもが無駄だったなんてことは、決してない。
ただ、それらを挑戦にも活かして形にしていかないと、ごっこ遊びになっちゃうからさ。

そんなこんなで前記事更新頃から勝手に忙しくしていた。
平日はいまだ慣れきっていない仕事をしながら、同時にいくつものことをこなす様な日々の中で、相応の変化を余儀なくされた。毎日小さな変化を加えながら、自分の殻を破っていけたと思う。
多少はモヤモヤしながらも、やらなければならない環境に置かれたら、やるしかない。
些細な失敗もしながら日々気づかされることも良いヒントになって、どんどん良いリズムで動ける様になった。
考えるばかりでなく、「実際にやる」時間が増えたんだ。

「あともう少しで良いブレイクスルーが起こりそうだ」なんて感じていたある日のこと。
電車の中で本を読んでいると、衝撃的なエピソードに出会った。
これぞ、欠けていた重要なピースの1つ」と言っても過言ではない物語だったのである。

完成主義の権化、Stardew Valleyの開発者

あなたは、世界的にヒットしている”Stardew Valley”(スターデューバレー)というゲームをご存知だろうか。農業を主とするシミュレーションゲームで、Nintendo SwitchやiPhoneをはじめ、様々な媒体でプレイ可能だ。
開発者の名は、Eric・Barone(エリック・バロン)。
Forbes(フォーブス)というビジネス誌において「30歳以下の30人」に選ばれた1人だ。

ゲーム開発は通常、グラフィックや音楽、デザイン、動きのプログラムなど、それぞれのプロが分業し、1つの作品として作り上げる。要所要所で細かい修正や手直しだって必要になる。
規模にもよるけど、中には数百人で手がけるものだってある。
しかしEric・Barone氏は、Stardew Valley開発における全ての工程をたった1人でやり遂げた!。
開発に費やした歳月は4年強。Stardew Valleyはリリースされるやいなや世界的ヒット。
結果、Forbesをはじめとする各メディアで取り上げられる様になった。
(細かい調整に多くの時間を費やしたものの、2年が経つ前にはほとんど完成していたらしい。)

「天才だからでしょ」なんて片付けるのは早計ってもんだぜ。
「作りたいゲームを完成させるために、必要なことを学んだ」というのが重要なポイントなんだ。
かつて、日本の『牧場物語』というゲームに魅了された彼は、「自分もこういうゲームを作りたい」と思ったらしい。それが後にStardew Valleyの開発につながっている。

大学時代の彼の専攻はコンピューターサイエンス。そこでプログラミングの基本は学んでいた。
だが就職しなかった彼は、実務経験を積んだわけではない。
各分野のいわゆる「プロ」ではなかったと思われる。いや、完成さえできればその分野のプロである必要なんてなかったんだろう。事実として、ハイクオリティで世界中のファンを魅了するゲームを創り上げた。

「固定観念にとらわれず自由に挑戦する」ってことは、まさに彼の様なイメージだった。
かつて自分で”Done is better than perfect“なんて発信しておいて、燻っていただと…?
全くお恥ずかしい限りだ笑

※Stardew Valleyについて調べると”ConcernedApe”っていう運営会社が出てくるんだけど…
実はこれ、彼のもう1つの名だ。開発したゲームを大きな会社に売ったりしたわけじゃなく、今でも主要な部分は自分で運営してるんだね(イカしてるぜ!!)。

独り立ちを決めた日〜終わりに〜

話題は逸れるけど、実は現在、引越しに向けて動いている。
この記事を更新する2日前、5/1にそう決めた。
ついに独り立ちするんだ。
とは言っても5月の給与が入るまで契約に必要なお金を払えないから、物件は確定してないけど笑
いずれにしても、6/1には新居での生活をスタートしている予定だ。

一人暮らしについて思い出されるのは、およそ5年前の日々だ。
Ub○r Japanで働き始める直前のことである。
新宿区のある町で、2ヶ月くらいプロデューサーMの家に住まわせてもらったことがある。
彼は当時も忙しく、家を空けることが多かった。
僕は今と同じ羽田空港近くに住んでいたけど、当時は色々とMに協力してもらったり、彼と行動を共にすることが多かった。「家賃もったいないし、近くにいた方が助かるからウチに住んでくれ」と提案してくれたのがきっかけだったんだよね。

当時のことで、今でも鮮明に覚えていることがある。
それは、家に帰っても誰もいなかったこと。
当たり前のことかもしれないけど、「行ってきます」も「ただいま」も、「おはよう」も「おやすみ」も言う相手のいない生活なんて、ほとんど経験したことなかったからさ。
1人で「いただきます」と言って、1人で「ごちそうさまでした」と終わる食事。
色々あって家のシャワーが使えなかったので、近くに住む知人にシャワーを借りたり、一緒に銭湯に通った。洗濯機がなかったので、週に1回実家に帰って、着替えを取り替えたりしてたな(コインランドリーに使うお金すら惜しかった)。

2日に1個だけカップヌードルをすする生活は大変辛かったが、1人の生活に慣れてくると、誰にも干渉されない自由を清々しく思える様になったことも覚えている。

当時と今回の引越しで大きく違うことは、「全て自分でまかなう」という(一人暮らしをしているすべての人にとっては当然の笑)自立した生活になるということ。
自分で家を借りて、家賃・光熱費を払い、家事を行う。

自立は大人の最低条件だ。
「自分の人生」は、独り立ちをしないと手に入らない。
そこからが始まりだとさえ思う。
親元にいる限り、心のどこかで常に甘えが生じるからだ。

実家にいれば家賃は最低限をおさめれば良く、家事なんてほとんどやってもらえることがほとんど。
そうやって甘ちゃんな人生を送ってきた。
最近はやることが多くて、1人で晩御飯を食べることも増えた。
だけど、一緒に食べればそのまま雑談に夢中になり、気づけば作業時間がなくなっていたなんてことはほとんどデフォルトに近い(僕がバカなだけだが笑)。
かと言ってお互いの生活には気を使わなければいけないし、多少なりともお互い干渉しなければならない場面もある。

今言えることは、「この生活が嫌だ」というより、「このままじゃヤバい」が強い。
何年もずっと「独り立ちしなきゃな」とは思っていたけど、中々ちゃんと調べる時間をとれなかったり、そもそもお金の心配がつきまとっていて、ずっと先延ばしにしてきたんだ。

しかし、バイオレットコンサルに転職してから少しずつ引越しを考える様になった。
気づけば、合間を縫って情報収集をする様になっていた。
4/30(日)には1件、内見にも行ってきた。
そこで見積もりを作成してもらい、引越しがかなり現実的な選択肢であることを知る。
で、翌日には「よし!引っ越す!!」と決断したわけ笑。

今月で29歳だしな。いよいよ勝負の30歳が1年後に迫っている。
やりたいことに集中するために、追い込みをかけることができる。
また、若いうちに学んでおくべき大事なことを学べる良い機会だ。
今を逃したら、またズルズルと先延ばしになると思う。

「せめてもう少しお金を貯めてから…」なんて、そんなことは前々から考えてたさ笑。
長くなるから詳述は省くけど、そういう時に限って普段身につけるものだの、大事な相棒たちが相次いで仏になっちまったりするもんさ。おかげで3月は、お金がバサバサと羽ばたいて行っちまったぜ!
それに、一度心に決めてしまうとすぐ行動に移さなきゃ気が済まない性分だからね。
「できるなら、やる。」
完璧な状態を待っていたら、いつまでもその時は来ないのさ。

最初は洗濯機も電子レンジもない状態からのスタートになると思うけど、今のところ「ないと死ぬ」ものではない。
今ようやく、足りなかった大事なピースが集まってきた。
無駄なこだわり、無駄な期待感や思い込みを、ドーンと手放すことができた。
まだ足りないピースは、これから1つ1つ集めていけば良い。
大丈夫、どうにかなるさ。

というわけで、最後まで読んでくれてありがとう!
久しぶりの新記事、こうやって発信するのはやっぱ楽しいな笑。
引越しの件については、引き続きブログに記そう。
では、また会おう!

〜To be continued〜

H O M E

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