復活のR!〜長いトンネルを抜けた先で〜

およそ3ヶ月ぶりの更新!
っていうか、公開3本で早々途絶えるBlogってなんだよ…笑。
わざわざ問い合わせをくれた人までいた!
とても励みになった。ありがとう。

それにしても…
事情は後述するが、3ヶ月もの間更新できなかったことは非常〜〜に痛い!!
僕の場合、The Power Blogの発展それ自体がゴールという訳ではないが、
少なくともBlogやYouTube等、発信系界隈では、完全にオワコンパターンだ!笑

なんせ、新米のYouTuberやブロガー、アフィリエイター(アフィリエイトという仕組みで、ブログ等を通して商品やサービスを紹介し、収益を発生させる人)達のお約束(心構えに近い)として、
「できれば毎日、無理でも定期的に短いスパンでとにかく更新し続けろ!」みたいなものがあるからだ。

(Google等の検索エンジンがwebサイト(あるいはYouTubeの動画など)を検索結果に表示する仕組みのことや、そもそもコンテンツが少ないと、利用者があらゆる検索ワードから知名度の低いWebサイトを発見することができないし、たまたま見つけてくれた上に「面白い」と思ってくれた人だって、更新されなきゃ固定のファンとして定着してくれない…等という様々な背景があったりする(この辺りが気になる方は、SEOについて調べてみよう!))。

とは言え!
そもそも生活を成り立たせることすらできない状況じゃ、
ブログどころか僕が死にますから笑
まあ、事情はどうあれ僕にとって今後益々重要な位置を締めることになる
The Power Blogを放置…やはり少々痛手ではある。

しかし、僕には勝算があった。
だからこうして!不死鳥が如く!
スーパーサイヤ人の様に復活を果たしたのだ!(ヒューヒュー!)

さて、僕は10月頭に突然、勤務の合間を縫って転職活動を始めた。
朝やお昼休憩、帰宅後などもほとんどの時間を転職活動にあてることになった。
※この後すぐ、職を失う!笑詳しくは下記本文をお楽しみに!

現状や今後の人生について等、毎日頭から血が出るんじゃないかってくらい悩み、怒り、考えていたのだが、転職活動を始めたことでますます時間的にも体力的にも余裕がなくなっていた。

大好きな読書をしたり、アイディアを考えてプチ実験したりすることもできず、悶々と、イライラしながら過ごす日々であった。

また、今日までの約3ヶ月は、2年に及ぶもっと大きな戦いへのクライマックスを迎えていた。
必死に走ってきた2年間の終盤に窮地に立たされ、「もうダメなのか?」「僕に夜明けは来ないのか?」と諦めそうになりながらも、仲間と共に果敢に立ち向かい、怒涛のどんでん返し!!
そう…それはまるで、超巨大企業の親玉一家の手によって高校を退学になり、家族を失い、刑務所にぶち込まれ、全てを失った男が復讐を誓って再起する…あの超人気ドラマ梨泰院(イテウォン)クラスの主人公、パク・セロイの様に!!

「一緒にすんな!」とファンから殴られそうだが(笑)
亡き父の葬儀の夜、意気消沈するセロイ。
ひょんなことから、父親を殺したのは同級生にして憎き巨悪企業の御曹司
チャン・グンウォンではないかと知らされることになる。
雨の中を何かに取り憑かれたかの様に探し周り、ついにグンウォンを探し出す。
そこで全てを悟ったセロイは、怒りに我を忘れ、殺人未遂で逮捕されてしまう。
高校中退の前科者と馬鹿にされながら、出所後もどんなに不利な状況でも諦めず、
時間をかけてでも何度でも挑戦する。

セロイも初めは、戦う意志と苦しみ、わずかな希望と少数の仲間以外は何も持たぬ男だったはずだ。
それは、違う国で、違う土俵で勝負しようとしてる僕とて、大きく変わらないのだ!

で、何の話だっけ?
そうそう、梨泰院クラスの話ね。
ってのは冗談だが、2年間の道中に紆余曲折あって、
一時は世の中を呪った様な精神状態だった。
毎日ウズウズしていた。

再びBlog更新…
毎日考えたさ。
この時を迎えるまで、どれだけ多くの葛藤があったことか‼︎


さて、本題に入って行く前に断って置かなければならない。
本記事の位置付けは、基本的には僕の、僕による、僕のための独言だ。
誰かに見られることを前提に配慮しつつも、
反省も含めて、これまでのことを一旦整理して残しておきたい。
その中で、僕なりのメッセージを汲み取っていただけるとありがたい。

この記事を残すことは後の僕にとって大きな意味を持つことになる。
絶対に忘れてはならない体験、記憶の欠片を、敢えてここに残すのだから。

僕以外の誰かがこれを読む時、僕はどういう状況だろうか。
更新されてすぐ、3ヶ月後、1年後、3年後…
時が経つにつれて読む価値が変わる記事となるかもしれない。
そうでなくとも読者の皆さんは、
戦う意志と苦しみ、わずかな希望と少数の仲間以外は何も持たぬ1人の男が、
これから新たなスタートを切る瞬間を目の当たりにすることになる。

この記事を読んだあなたがどう感じるかは分からない。
無論、どの様な感想を述べても構わない。
もし僕に近しい人がこれを読んで僕から離れていくとしたら、
それも仕方ないことだ。
最後には、着いてこられる人だけ着いて来てくれれば、それで良い。

だけど、もし途中で内容に失望してしまった人にも、
飽きてしまった人にも、1つだけお願いだ。
この記事だけは、開いてしまったからには必ず最後まで読んでほしい。
この記事は、素の僕「力也」の反省文であり、
表現者「Rikiya The Power」に魂を注ぎ込む、新たなスタート地点なのだ。

今後どんな駄作を排出しようが、力作が誕生しようが、全てはここから始まる。
ファンになろうと、アンチになろうと、
「さて、どんなもんかね」と見守ってはくれないだろうか。

それではここから、僕の戦いの一部をご覧いただこう。

目次

  • ストレス爆発!転職活動から即刻辞職事件!
  • 損害賠償請求事件!
  • 抱えていた、もっと大きな戦い
  • 転職活動のその後と、現在
  • 見えない敵はいつも、お前の中にいる〜終わりに〜

ストレス爆発!転職活動から即刻辞職事件!

『欲望の第2章』なる記事の更新準備が整いつつあった10月頭。
Blog更新の手を止めた僕は、突如転職活動を始めた。

僕はこの時、渋谷区と新宿区の境目にある笹塚で、
主に見積もり作成の事務をしていた。
よく分からない曖昧なルールのもと、曖昧な見積書を作成し、味気ない定型メールで依頼者に納品する。
そんな空虚な(と感じていた)仕事は日々曖昧なルール変更がなされ、曖昧な指示のもと、さらに曖昧な仕事を遂行することになる。
しかも、僕の案件に関わらず、多くの案件は依頼者自身が自分の好みや状況に合わせて手直しする。
(フォーマットは自動生成されるんだから、初めから自分でやれよ!と思っていたのはここだけの話だ。)
依頼者らにも同情の余地はある。
会社の方針で、下請けの我々に依頼しなければならない空気になっていたのだ。
組織に属すると、抗えない雰囲気の力に飲み込まれることって、よくあるよね。

そんな具合に、存在自体が曖昧な仕事だったのだ。

生産性のない日々の中で、業務に意味を見出せず、給与も貿易会社時代のおよそ7割まで落ち、やりがいも感じられずにいた。
(強いて言えばちょっとタイピングスピードが鍛えられたくらいか…
まあそもそも、やりがいを求めて入社した訳でもないのだが。
強いて言えば、後述する僕の大きな戦いを終わらせるためだ。

失礼ながら、職場に尊敬できる人なんていなかったし、何なら半数以上を内心では小馬鹿にしていた。
「余計な会話をするな」「自分のことに集中しろ」などと言ったそばから筋トレの話、筋肉のためのこだわった昼飯、プロテインの話などをし始め、5回に1回ウケるかどうかのギャグを飛ばしたりする。
僕ら一般スタッフは逐一細かい指摘ばかりされ、
どれだけ成長してもそれほど褒められず、
チクチクとしたプレッシャーばかりが与えられる。
その上、隣の席のスタッフは癖がスゴくて、挙動や言動がいちいち癇に障る
(彼については完全に僕の感想だが。)

こんなことが毎日続くので、3ヶ月経った頃からはオフィスにいる間中怠さと強い眠気に襲われていた。
そして配属から半年近く経った10月頭、ついに我慢の限界を迎え、再び転職活動に乗り出したというわけだ。
それから2週間ほど経った時、下記に記す事件によって秒で職を辞することになる。

損害賠償請求事件!

「あのさー!!君、今いくつよ!?社会人としてどうなわけ!?恥ずかしくないの!?それに話しながら足なんか組んじゃってさ!!反省の色が全然見られないんだよ!!」

時は2020年10月20日。
この日、僕は派遣社員として半年ほど勤めた上記会社をやめることになった。
冒頭のセリフは、退社にあたっての話し合いの最中、派遣元の担当者が突然キレて僕に言い放った言葉だ。
※話し合い自体はちゃんとまとまり、無事に解決している。


その前日、10月19日、午前。
僕はとてつもない吐き気、高熱、下痢に襲われた。
朝起きた時は何となく体が重く、寒気を感じる程度で熱はなかったため、職場へ向かった。
しかし、羽田から品川へ向かう京急線内で突然、激烈な腹痛に襲われた。
目の前がスゥーっと青黒くなり、全身の力が抜け、気が遠くなった。
必死につり革にしがみつき、何とか品川で降り、トイレに向かう。
JRへの乗り換えで通る、高輪口付近のトイレ前で、手が汚れた痴呆症と思しきおじいさんに絡まれた。
何とか振り払ってトイレに駆け込み、そこから1時間半近く出られなくなる。
「間に合わない」と悟った僕は、すぐに会社に遅れる旨を連絡した。

ここまでは良かった。
「今日は仕事に行けないな」と悟った僕は、追加の連絡時に内容を盛ったのだ。
時刻は9時過ぎだっただろうか。
おじいさんの件は警察沙汰になって時間がかかっていると伝えた。
僕は倒れて病院にいると伝え、「このご時世なので、念のためPCR検査を受けます」などと言った。

話を盛った理由は、既に月末での退職が決まっていたこと、
僕としてはあまり波長の合わない上司だったので、
普通に「休みます」と言いにくい空気になっていたからだ。
本当のところは、そういう僕の弱さでもあった訳だが。

僕は、動くのもやっとの中、這う様に自宅に辿り着いた。
体温を測ると、40.9℃…。
幸い、夜の時点で38℃に下がり、翌朝には36.7℃まで回復していた。

後日判明した原因は、「疲れ、ストレスの溜め過ぎ」。
これまでも、大体年に一度、秋頃になると必ず無理が祟って高熱で倒れていた。
Ub◯rにいた頃も、貿易会社にいた頃も、同様の理由で一度倒れている。
単に働き過ぎとかじゃなくて、同時に何個も問題を抱えてしまい、
常に何かしらの対応に追われる状況に陥るのだ。
寝つきも悪くなり、睡眠時間が10日連続で1時間ほどになったりする。

毎度、すぐに誰かに相談しない僕も悪い。
おしゃべりな割には肝心なことを1人で抱え込み、話す頃には限界寸前…
今回の件で学んだことの1つだが、友人にもそこのところは指摘を受けた。

さて、問題はここからだ。
僕が盛った内容の内、「PCR検査」の一言がまずかったらしい。
派遣先の上司が大慌てで派遣元に連絡。
僕の両隣のスタッフを帰らせ、その後も僕が既にコロナであるかの様な動きをしたらしい。

内容を盛っていた(というか事実と異なっていた)ということは、
上司がとった行動は無意味だったので、僕は派遣先に損害を出したことになる。
そのことで、派遣元から5万数千円の損害賠償を請求されたのだ(帰らされたスタッフ2名の給料の補償など)。

なぜ派遣元が知っているかといえば、彼らがわざわざ病院に足を運んだり、
領収書などの書類を僕に求めてきたり、
警察や駅等に問い合わせたりして裏どりをしたからだ。
高熱で唸ってる時点では本当にコロナの危険性もあった訳だが、検査を受けなかった(病院には行ったが、確認したら検査費用が高くて諦めた)とその日の内に白状していたので、相手方もそれ以上は追求しなかったのだろう。
探偵事務所顔負けの調査ぶりには、感動すら覚えた(笑)

彼ら曰く、自分の派遣会社の人間が損害をだした⇨今後の営業や付き合いに響くため、必死に動くということらしい。
その点は反省した。余計な仕事を増やし、彼らに迷惑をかけてしまった…

などという意味ではない!!
冷静に考えれば、病院の費用は後払いにできるし、
人生で初めて欠席理由で嘘をついた結果がこれ!
慣れないことはするもんじゃないな。
ましてや検査費用の7倍近くぶんどられたじゃないか!笑
あぁあアホらしい!!何してんの!?
おまけに体調はすこぶる悪いし!!

で、これまで特に仕事に関するサポートもなければ、支えになってくれた記憶もないし、今回の事件で「僕を守るため」などと言いながら、休んだ当日は1ミリも僕の心配などせずしつこく電話をかけてきて、仕事中の父親に連絡して僕の状況を確かめることを催促し、高熱を出した夜に「明日来い」と呼びつけ、きっちりお金を請求してきた上、コンコンと的外れな説教を聞かされ、都合の良い文句ばかり言われ、その場で退職願(自主退社扱い)を書かせた彼らの嘘つきっぷりと忠犬っぷりには、反省を通り越して憤り、虚しさすら感じていた。

「そこに愛はあるのかい?」という名台詞が思い出される。

そんな尊敬すべき偉大な(略して尊大な!)彼らに冒頭の様に詰められているとき
「いえいえ、その様なつもりはございません。失礼いたしました。」
などと供述しながら、必死に笑いを堪えていた。
冷静な社会人としての資質の話をしながら突然キレ始めるお前の社会人象とはなんだ?
と喉元まで出かかったところを抑え、その場を収めるために謝罪する。

業務はペーパーレスで、黙々とPCで作業するだけ。
それなのにリモートワークはゼロだった。
僕以外の人は、何度も何度も熱を伴う体調不良で倒れていた。
特に対処するでもなく、平然と通常営業を続けてきたんだぞ!
それが、(僕も言い方が悪かったが)この有様だ。
反省の色も何も、お前らへの謝罪の気持ちなんて一ミリもねぇえええ!!

ま、結果として過ちになってしまったのだから、それは償うべきだ。
行為による損害については謝罪し、請求されたお金はキッチリ支払った。
こうして、最後まで無駄に消耗する半年間に終止符を打ったのであった。

抱えていた、もっと大きな戦い

実はこの時、僕はもっと大きな借金を抱えていた。
転職しまくったり、そもそも派遣で固定の仕事を続けてきた理由の根本は、この借金返済のためだ。

詳述はここでは省くが、合計400万円強。
その内の1つに、2年間かけて支払っていた大きなものがあった。
それだけで毎月10万円近く支払っていた。

その大きめの借金とは別に、各種ローンの返済、謎に高いスマホ代、コンタクトレンズ代、税金等も別で支払っていた。
こうした様々な固定費によって、確実に毎月17万円は以上消えていた。
笹塚での勤務になってからは、かな〜りギリギリの生活を続けてきた。
正直、「こっからどうやって捻出できるんだ!?」という
危ない月も何度もあった。
この1件もあって現在は実家に住まわせてもらっているが、
間違いなく僕1人の力だったら途中で倒れていただろう。

この2年は、上記の返済が生活の中心だった。
毎月末(時に月初)、無事に支払えた瞬間
「よっしゃ!また1ヶ月生きられるぞ!」と噛み締めた。
「あと◯回だ!」と心に刻み込んだ。
お恥ずかしながら家屋にお金を借りたこともあるし、
さらにカードローンを借りた月もある。
そんな中でぶん取られた5万円強の痛みときたら…笑。

そんな、途方もなく長く感じられた2年が、
2020年12月で終わりを迎えた。
僕のプロフィールにある転職遍歴なども、この2年間と重なる。
「あと2回で支払いが終わる」という10月のタイミングで転職活動へ移行し、急な辞職。
初めてのことではないとは言え、我ながらかなり無鉄砲だったな(笑)

たかが2年間。
されどこの2年間は、僕にとって長い長い2年間だったんだ。
一生忘れることはないだろう。
この期間で遭遇した良かったこと、悪かったこと…
その全ては、この先の僕の糧となって生き続けるんだ。

転職活動のその後と、現在

転職活動についても触れておく。
10月にスタートした転職活動は、1ヶ月ほど続いた。
1日に3〜4社ほどの人材派遣会社や転職サービスの各担当者と電話を繰り返し、30件近いメールを裁き、Webサイトで案件探しやエントリーする作業を毎日繰り返す。
登録している会社が多いとこうなる。

せっかく良い案件が回ってきても、他社に枠をとられたり、他の応募者に決まったりする。
時には、一方的に提案してきて勝手に選考落ちしたりもする。
今回は長期の派遣、正社員問わず、業界も幅広く視野に入れて動いていた。

転職業界も複雑な構造をしていて、スムーズにいかないこともある。
もちろん優秀な方もいらっしゃるが、中には馬(ピー!)で力のない、存在不要人材コーディネータ一とか
何がしたいのか分からない、チャンスを消しに行くエージェント…
頭の凝り固まった旧態依然のお局営業にあたることもある。
時には、超絶怒涛の論破マシンガンが火を吹きそうになることもあった。
転職サイトや人材派遣会社には良いところも沢山ある。
今回の件然り、何度も転職を経験している僕目線で、近いうちに転職に関する注意点や良いところ、業界の闇なんかも披露しようと思っている。
有料級のお話も用意しているので、今後の更新をDon’t miss it!!

しかし、前述の大きな支払い最終月を迎えるにあたって
「流石にバイトでもしないと、このままじゃまずい」ということになった。
同じことの繰り返しに疲れてきていた僕は、徐々にイライラと焦りを隠せずいた。
一旦落ち着く意味でも、転職活動はバイトをしながら気長に行おうと考えたのだ。

そこで、以前転職活動をしていた頃に登録した日雇い派遣の案件にいくつか申し込んだ。
この時点で11月中旬。
3社目くらいの案件が、ユ◯クロの倉庫案件だった。
これが当たりだった。

中には劣悪な環境だったりブラックな派遣会社もあるが、ここは比較的良質だ。
単価も相場の中では高めだし、繁忙期ということもあって申し込みを断られる日がほとんどなく、残業が1時間も発生しない日の方が珍しい。
業界の特性上、何度も同じ現場に顔を出して貢献していると、その後も案件にアサインしてもらいやすくなる。
今お世話になっている現場はとにかく朝早いが、予定に合わせて申請できるから私生活にもあまり支障が出ずに働けている。
おかげで、無事に大きな支払いも完済できた。

今や職場の管理者達や主婦のベテランさん達にも認知され、和やかに雑談をすることもしばしば。
これまでの仕事と比較したら自給は安いし、まだまだお金に余裕ができたとは言えないが、
笹塚の時とは比べ物にならない低ストレス!
通勤時間や待ち時間、休憩時間は勉強し放題だし、仕事で運動不足解消にもなる。
作業は単純なものが多いから、作業中に勉強内容を整理したり、アイディアを考えることもできる!

という訳で、僕はなんとか無事に生きている。
この後発表する今後のビジョン実現のため、
現在、転職活動はしていない。
再び読書やビジネスの勉強に集中できる時間ができて、うれしい限りだ。

見えない敵はいつも、お前の中にいる〜終わりに〜

5番目のタイトル、及び下記は聖飢魔IIの楽曲『GO AHEAD!』の中に出てくる一説だ。

「乾いたアスファルトの道を 孤独と不安を背負い
Go ahead!
そこは 悩みもなく
愛に溢れたとしても
生きている限り
見えない敵はいつも お前の中にいる」

これまでの戦いについて、僕にとって大変な戦いだったことは間違いない。
しかし、苦境に嘆くだけでなく、
挫折や失敗を繰り返しながら様々な挑戦もした。
自分なりに精一杯やってきたのかもしれない。

しかし、例えば年収3,000万円とか、ましてや1億円とか収入のある人から見たらどうだろうか。
僕が必死に走ってきた道のりは、デコピン1発で消し飛ぶくらいの話だ。
そんなことは、戦いに臨む前からとっくに分かっていた。

別に、だからって単純に貧乏ク◯食らえって言いたい訳でもないのだが。
そんな経済的に恵まれている人たちだって、
朝起きたらいきなりお金が降ってきたわけではないのだから。

ただ、僕自身のことにせよ他の誰かのことにせよ、
苦しんだり、流した数々の悔し涙の背景には、大抵お金が絡んでいた。
だからこそ、ずっと「こっから這い上がってやる!」と邁進してきた側面もある。
挫折も失敗も乗り越えて挑戦してこれた、強い動機の1つだ。

僕にはやりたいことが山ほどある。
人生が三回あっても足りないんじゃないかって思うほど、興味のあること、学びたいことも多い。
そしてそれらは、例え少額だったとしても、多少はお金を要する場合もある。
だからまずは、今ある時間やお金という限られた資本を使って着手できることから進めようってことなんだけど、
ずっと我慢我慢の生活を続けてきた。
飲み会や食事どころか、消耗品にさえお金を出しおしみするほどに。

お金は道具だ。
ただあれば良い訳でもないし、知識が足りなかったり、使い方を誤れば、身を滅ぼす危険すらある。
しかし、リテラシーを身につけて適切に使えれば、自分や大切な人たちを守ることもできる。
チャンスや選択への切符にもなるし、時間を作る(無駄を省く)ことだってできる。

お金持ちの不幸話はお金持ちにしか実感できないけど、
少なくとも、無いことで生まれる幾多の争いや不幸は防ぐことができる。

この資本主義の世の中で、頭ごなしにお金を否定することなんてできないんだ。

「クッソー!せめて〇〇(物など)にくらいはお金を使える様になりたいな。」
「これ、今がチャンスだけどな…そんなお金ないよ!」
ずーっとそんな思いをしてきた。

12/1を迎えるまで
「これが終わったら自分の力を開放できる!」
「また全力で挑戦できる!」って走り続けてきた。

だけどいざ、終わりを迎えたら…

「選択肢が多すぎる!」
「思いつくことの大半は今すぐ着手できることじゃねーか!」
そんな当たり前のことを、やっと肌で実感できるようになった。
頭では分かっている「つもり」だったんだけど。

分かっているつもりだった小さな点の1つ1つが、より色濃く、線になったように浮かび上がってきた様な感覚があった。
好きなアーティストやビジネスマンの言葉、かつて見た映画やアニメの名シーン、勉強で得た知識…そういう1つ1つが。
当たり前のことが、より深みを増して僕に問いかけてくる。

やっと終わったと思ってたけど、
本当の戦いはこれからだって思い知らされることになった。


そろそろ読者からツッコミが入りそうだな。
「いやいや…このRikiyaとかいう能天気野郎…
終わったとか学んだとか言ってるけど、
状況はまだまだかなり不安定だろと。
給与は下がったし、支払いが全くなくなった訳でもない。
今の現場に都合よく出続けられるとも限らない。
なんなら状況悪くなってない…?」

その通り!
派遣バイトとは言え、早朝5時前には起きて、
帰宅は19時半近く。
軽作業という名の重労働であることもしばしば。
いつ切られるかも分からない安い時給労働が生活を支えている。
まだまだ、危険なゾーンにいると思う。

だからこその大チャンス!!
今こそ、温めてきた考えやアイディアをどんどんアウトプットするチャンスだ。
事実、精神的余裕は以前より増し、自分のために使える時間も増えた。
ようやく掴んだこのチャンス…無駄にしてたまるかってんだ!

と!言う訳で!
今考えている今後の方向性を発表!

Blogや動画などのプラットフォームを通して、僕の挑戦を発信する。
下記に僕の実現させたいシリーズの一部を列挙するが、
挑戦の一部始終を発信することでお互い(僕と、応援者)が楽しんだり、学びになったら素晴らしい。

また、個人目標は
2021年12月25日までに、現状生きていける+αの月収を、雇用されずに生み出すこと。
※U◯erに勤めていたころの給与金額を目安にしている。

かと言って最初からお金のことばかりを考えてしまうと、
何をするにしても僕自身がつまらなくなる。
だからあくまで目標だ。

身近な人たちには
「2021年は◯◯!」ってウザいくらい言ってたと思う。
(21年マンってあだ名付いてんじゃね??知らんけど)

はたから見たら馬鹿にも映る僕を、
心から応援してくれる人達がいる。
今日まで沢山失敗して、挫折して泣いてきたけど、
転んでもタダでは起きないのがRikiya The Power という男!

タイミングが先延ばしになろうが…

東大受験だって必ず成功させるし!
弁護士資格だってとる!
海外留学にだって行く!
行きたかった国にだって全部行く!
プログラミングも勉強する!
動画編集だってできるようになる!
1人でも多くの人に挑戦する勇気とその素晴らしさをを届ける!

これらはバラバラじゃない。
僕のイメージの中で大きな塊として繋がってる。
でも、今すぐ全部同時にやるとか不可能じゃんね。
だから1つ1つ、必ず形にしていくんだ。

せっかく歯を食いしばって生きてきた。
せめて、この世界を素晴らしいと思える人生にしたいじゃねーか!
「このために頑張ってきたんだ!」ってさ。
「今この瞬間」を楽しめるって素晴らしいことなんだ。
だから、苦しんでるときに思いついた、我慢し続けてきたことは全部やってやる!!

僕自身が実践し、実感しないと、
僕のどんな発信も空虚なものになってしまう。
だから必ず実現させる。


長いトンネルを抜けた先で待っていたのは、
新たな挑戦への扉だった。
扉の向こうは想像以上に眩しく、
今までに感じたことのない未知の感覚を覚える。
少しだけ恐怖しながらも期待する様な、
ワクワクする世界だった。

The Power Blogのテーマの1つは、
未知への遭遇からAnother Worldを発見してもらうことだった。
それが、ここへ来て僕自身がズドーンと体感することになってしまった。

人生に、死ぬまで終わりなんて来ないけど、
今見えてると思ってるものだけがこの世の全てじゃない」ってことでもある。
どんなに辛くても、乗り越えられた先に必ず想像以上の景色が広がっている。
「希望を捨てるな。信じろ。」なんて、古今東西はるか昔から言われてる。

そんなもんは綺麗事だ。現実は厳しい。
そう思いたくなるくらい、理不尽なんて日常に転がってる。
この先もまた、ギリギリなくらいキツい局面が沢山あると思う。
それでも、だからこそ僕は、これからも前を見て進もうと思っている。
夢にまで見たEl Dorado…黄金郷は、まだ遠い。

最後に、本記事に記す戦いを支え、応援してくれた家族、友人に心から感謝する。
あなた方がいなければ、僕はとっくに道を閉ざしていただろう。
本当にありがとう。
そして、この記事を読んでくれるあなたがいるから、このBlogを書く意味がある。
最後まで読んでくれて、本当にありがとう。

久しぶりの更新に興奮してだいぶ長くなってしまった。
誠に申し訳ない。
これからはある程度分量を抑え、テーマを決めて更新していくつもりだ。

冒頭の『GO AHEAD!』の続きを記して
本記事に幕を下ろすとしよう。

では、また会おう!

「永遠(とわ)の安息の日 求め続けたとしても
掴む日は Rest in peace…
遥かな声は今も お前の中で呼ぶ
戦う勇気もまた お前の中にある
Go ahead!」

〜To be Continued〜


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https://realizationofideal.com/

復活のR!〜長いトンネルを抜けた先で〜” に対して2件のコメントがあります。

  1. M より:

    いつも陰から見守っているよ!ひとまずお疲れ様!
    着実に一歩一歩頑張っていこう〜(^-^)

    1. Rikiya The Power より:

      Mさん

      応援ありがとう!
      これからも僕らしく、力の発信を心がけていくのでお楽しみに!!

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